みつくりじょう

箕作城

滋賀県東近江市

別名 : 箕作山城、清水城、清水山城
旧国名 : 近江

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佐々木政堯 (2023/10/19 訪問)

 文明3年(1471年)佐々木政堯が室町幕府の命を受けて築城し佐々木高頼の観音寺城に対抗したのが始まりとされています。
織田信長の上洛戦において一気に攻め落とされたと伝っています。小説などで信長と六角氏との攻防においてよく出てくる城で名前は昔から知っていましたが、あまり遺構もないようなので後回しにしてきました。山の上の曲輪跡と思われる面積が意外と狭く、多くの人数は籠れない印象です。少しだけ残る石垣が見どころですが、季節的に草木も緑を保っていてわかりにくかったですね。
 
 JR能登川駅よりバスに乗り山本バス停下車。徒歩約5分で登城口に行くことができます。

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小荷駄

箕作城跡 (2023/02/08 訪問)

近江鉄道河辺の森駅から徒歩で30分程で城跡北側の貴船神社横の登山口に着きました。駐車場とトイレは有りませんでした。登山口からは約30分から40分程で頂上の城跡に着きました。登山道は少し雨も降っていたせいか滑りやすくなっていましたが整備されていたので楽しく散策させていただきました。遺構は少ないですが主郭からの眺望は素晴らしく観音寺城や回りの支城など良く見え楽しかったです。また主郭北西側に残っている石垣は少しですが見学しやすいようにして頂いてあり非常に有り難かったです。整備している方々に感謝します。

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BUGTI

観音寺城の戦いで落城した城 (2021/10/30 訪問)

登城路は整備されていて登りやすい。遺構はあまり残っていないが、主郭西側の斜面にわずかに石垣が残っている。石垣の周りだけきれいに藪が刈ってあり、非常にありがたい。石垣の下の西の細い尾根を進むと、小さな見張り所のような場所があり、西側の眺望も開けている。織田氏に攻められた六角氏はこの城から退却しているが、確かにこの小さな城では織田の大軍と対峙するのは難しいと思える。

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ぴーかる

箕作城 (2021/03/20 訪問)

【箕作城】
<駐車場他>駐車場はなし。登城口ゲート前は駐車禁止なので<35.138618, 136.182866>地点道路脇に1台分停めれる。
<交通手段>車

<見所>曲輪
<感想>近江佐々木氏・佐々木六角氏の攻城2城目。箕作城は佐々木六角氏の支城で東山道を観音寺城で挟みこむ重要拠点として機能していました。城郭検定にもよく出題される城、詳細は添付写真現地説明板をご覧下さい。
 登城口ゲート<35.139869, 136.184546>または貴船神社階段から登っていきます。距離1000m登山でまあまあきついです。主郭手前200m程に城跡碑のある曲輪、曲輪に高圧線の鉄塔があります。尾根道に木戸跡のような石があるところもあります。主郭手前に2・3段の曲輪があり、主郭跡にも鉄塔が建っています。石垣は安土城築城時にほぼ持って行かれたのですが、主郭北側に僅かに石垣が残っています。(夏場はシダで埋まりそう)主郭から観音正寺と観音寺城が見えます。眺望は抜群です。主郭から北方向にも尾根沿いに曲輪が点々としており、北斜面には当時曲輪群が広がっていて街道を観音寺城と挟み込む縄張りになっていたと思われます。残る遺構は少ないですが、観音寺城との位置関係、地理的状況を確認して楽しめます。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 佐々木高信
築城年 嘉禎元年(1235)
主な城主 佐々木高信、高島越中氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
住所 滋賀県東近江市五個荘山本町