今回の城り9日目の朝駆けで以前から探訪したいと思っていた旭城へ、城郭放浪記さんの昨日のTop10でヒットし5年前の北九州城廻りで豊前平田城(白米城)の後にでも訪ねようとしましたが現地で地理場所の特定が出来ず諦めた城です。今回出発前に地図を出力しナビに入力し出発した次第。
駐車場:保育園南通り外駐車場を利用(土曜日で朝早く空いていました)旭城の西隣。
参考資料:城郭放浪記さんグーグルマップに依る。
利用した保育園の駐車場から南辺を歩き南東角から高石垣が見えて来る、東辺は中間に虎口石階段、その前方に一段下がって鳥居、北東角が高石垣は私の背より高く2m以上は有る、南から北へ高く成ってる、北辺は東近くに横矢掛りに出隅が有り西に続く、北辺西辺は学校施設であり入り込めず。
現在城域には千束神社が鎮座し杉林で鬱蒼としている。別名千束陣屋とも呼ばれてる。
歴史は、小倉小笠原藩は幕末慶応2年(1866年)長州軍との戦に敗れ、小倉城と篠崎藩邸を焼いて逃れた。旭城近くの光林寺に入り、明治2年の建設を開始してめいじ3年に完成し旭城と名付けた。しかし明治4年の廃藩置県により廃城と成った。
この後には旭城の御殿玄関が光林寺に移築されてるとの事で訪ねる。旭城より南東へ約3.2km程です。
光林寺:福岡県築上郡上毛町安雲750(庫裏玄関が旭城移築玄関)、参拝者駐車場有り。
光林寺は南が落ち込んだ丘陵地に位置し城構えを思わせる、周辺は田圃です。
思い立って7年振り5年振りに願いの叶った旭城、幕末明治初めの歴史の一駒、最後の城郭の名を留めました。願いが叶って感激です。
この後は帰路へ、九州を離れて周防、備前、播磨の未踏城郭途中下車?探訪へ。
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