しずがたけとりで

賤ヶ岳砦

滋賀県長浜市

別名 : 賤ヶ岳城
旧国名 : 近江

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賤ヶ岳城案内図
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おっちゃん

賤ヶ岳城案内図 (2017/05/20 訪問)

現地案内板より抜粋

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スティクラ

頂上からのご来光 (2022/07/02 訪問)

頂上で朝日を見る目的で車で賤ケ岳へ。
夜中で外灯もないなか、なんとか登山口を発見。駐車場は標識はなかったが、それらしい砂利の敷地があったため駐車。
明かりがないため、星がきれい。気温は20℃くらいで登山をするにはいいコンディション。

賤ケ岳の日の出は、4時44分とのことで、3時半前後に余呉湖沿いの飯浦切通し登山口から登山開始。

登山口から頂上までは30分前後。きつい場所はなく難易度は低め。
ただヘッドライトに虫が集まってきたのがきつかった。

頂上に着いた時は明るくなり始めてヘッドライトは不要。
頂上には絵馬があり、記念に書いてみるもの面白いかも。(絵馬は300円だったかな)
賤ケ岳の一番いい場所からは木が邪魔で日の出を見ることはできず。少し動いたところかなんとか見ることができたが、賤ケ岳は日の出を見るには向かない場所だった。

帰ることにはすでに汗ばむくらい蒸し暑く、時間的には夜登るのは正解だったかも。

帰りに大岩山登山口も確認したが、余呉湖観光館の駐車場に車を止めて登山口まで歩く必要があり、時間も3時間くらいかかるようなので、
時間がある程度ある人におすすめ。また賤ケ岳リフトもあり。

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イシテル

朝の絶景 (2021/10/09 訪問)

朝の7時40分頃、登城口(リフト乗り場)に到着。リフト乗り場の駐車場は、営業前で閉鎖されていましたが、近くの小学校の周りに臨時駐車場があり、登山者向けに用意されています。私の様にリフトを利用せず、長時間の駐車となる登山者は臨時駐車場の利用が便利です。
観光客の居ないリフト営業前の時間を狙って登城。登城口から約1.5km、ゆっくりと40分程の山登り。登山道は登り易いように綺麗に整備されていました。砦の主郭であった頂上は、整備されていて遺構は余り見れませんが、リフト営業前は、思った通り殆ど人が居らず、朝の絶景を独り占め。天気も良く、琵琶湖も余呉湖も見渡せ、景色を堪能しました。

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イオ

眺望抜群! (2021/09/20 訪問)

築城者や時期等は不明ながら、天正元年(1573)に小谷城の救援に来た朝倉軍が賤ヶ岳に布陣した記録があります。その後、賤ヶ岳の戦いに際して羽柴方が改修し、桑山重晴らが守将となりました。合戦では、羽柴方の大岩山砦、岩崎山砦を急襲した柴田方の佐久間盛政が賤ヶ岳砦に迫りましたが、羽柴秀吉の美濃大返しで激戦となり、前田利家の戦線離脱により撤退するところを追撃されて壊滅。合戦の趨勢が決しました。戦後、賤ヶ岳砦も他の陣城群とともに廃されたようです。

賤ヶ岳リフトの駐車場に車を駐めて登城開始。標高421m(比高310m)と結構な高さがありますが、リフトなら5分あまりで楽々です。リフトを降りてから山頂まで10分ほど歩くものの、西側には琵琶湖の眺望が開け、道中には賤ヶ岳合戦戦没者霊地があり、あちこちに七本槍の顔出し看板が建てられていて退屈する間もありません。山頂の少し手前には堀切が設けられていますが、浅くなっている上に藪に沈んでいて、うっすらと感じられる程度です。
山頂には東西に3つの曲輪がならんでいて、最高所の中央の曲輪が主郭と考えられます。主郭からの眺望は素晴らしく、北に余呉湖、東から南は湖北の平野部、西に琵琶湖を一望できます。古戦場としての石碑や標柱、銅像などが建てられ、遺構は改変を受けていると思われますが、西側の曲輪と区画する分厚い土塁が遺っています。
西の曲輪は展望台が設けられたりはしているものの、周囲を土塁が一周し、東部には虎口が開口しています。西の曲輪から北西方向にのびる尾根には堀切(と土橋)が明瞭に遺っています。
主郭と東の曲輪の間は堀切で区切られ、東の曲輪の東端は土塁による外枡形状の虎口になっています。虎口の脇には竪堀が見られ、虎口から下って行った先には、北東尾根から侵攻する敵を迎撃するためと思しき塹壕状の堀がありました。

リフトで気軽に訪れられる絶景スポットとして、この日も観光客で賑わっていましたが、懸念していたよりは砦としての遺構も遺っていて、思いのほか見応えがありました。ただ、お昼過ぎだったため、レジャーシートを広げて昼食中のグループも多く、できるだけ写真に人を入れないようにすると、なかなか思うように撮ることができず難儀しました…。
 

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な改修者 桑山重晴
主な城主 東野左馬助・西野壱岐守(浅井氏家臣)、桑山重晴・羽田正親・浅野長政(羽柴氏家臣)
遺構 曲輪、帯曲輪、腰曲輪、土塁、堀切、竪堀、切岸
住所 滋賀県長浜市川並、大音