JR水郡線 瓜連駅から徒歩10分ほど。
常福寺のある一帯が城跡になります。常福寺境内に駐車場が設置されています。
県道61号沿いの常福寺の楼門そばに城址碑と説明板が設置されています。
見どころは、保育園西側の空堀、常福寺本堂裏手の腰曲輪と土塁、墓地そばの空堀の三か所の遺構です。
常福寺に隣接する保育園の西側の駐車場を奥まで進んでいくと空堀に入り口があり、そこを進むと堀底道に至ります。かなり規模が大きい空堀になっていました。堀底にそっていくと、腰曲輪にいたります。腰曲輪から本堂側に階段を登ると本堂の裏手に着きます。本堂の裏には土塁が残存していました。
そして本堂正面の唐門近くには、「瓜連城跡空堀」の看板があり、墓地のそばに空堀が残されていました。この堀も深さがあり、除草が行われていたので非常に見学しやすかったです。
瓜連城は、南北朝時代の戦いの舞台となった城として知られています。
建武政権樹立に貢献した楠木正成は、鎌倉北条氏の支配していた瓜連を与えられ、代官として一族の楠木正家が派遣されました。その後、南北朝の対立が発生したことで、瓜連城は筑波山麓の南朝勢力(小田氏、関氏、下妻氏など)と東北の南朝勢力(白川結城氏、北畠顕家など)の中間に位置することから、南朝方の重要な拠点となりました。そして、建武三年・延元元年(1336)に北朝の佐竹氏の攻撃を受けます。南朝方の那珂氏が援護するも瓜連城は落城し、その後、廃城となったとされています。
+ 続きを読む










