朝田さん、今はまだ事務兄さんは買えません。とりあえず、ヤバい所は歩きます。有れば便利なのはわかってるんだけど、2WDでも行ける所は多いですよ。
仁後城の投稿です。生田川沿いの丘陵上に築かれた城で尼子城と言う別名もあります。安芸高田市のサイトに寄れば、永禄6年(1563)毛利隆元が和智誠春の饗応を受けた直後に佐々部で急死したということから、ここが和智氏の城であったという説もあるようです。
周囲がフェンスで囲まれていて一部では鉄条網も付いていることから「不発弾」になる可能性が有った城です。周囲をひとしきり歩いて確認したところゲートなどは見当たりません。案内板の設置してある個所から民家を訪問して情報を得ようとすると、ちょうど城址の入り口付近の家のお母さんと話をすることが出来ました。
城址のことを知っている方で、入り口や城址のことを少し教えてもらいました。これで「通行手形」をいただいた形になりますが、敷地内を通らせていただく必要があるので、一声かけたほうが良いと思います。
教えていただいたクリの木の場所からは入ることが出来ませんでしたが、右手に少し行った場所のフェンスの接合がヒモでされているので、これをほどいて隙間を広げて入ります。この日が旅行の最終日で、この一つ前に訪問した城でだいぶ気力を使ってしまっているので、だいぶカンが落ちています。枯葉がかなり積もっていて、斜面も急なので足を滑らせないように注意して進みます。
道も付いているようですが、とぎれとぎれなので、まずは直登で東の郭にたどり着きます。お母さんの話では、ここに井戸が有るようなのですが雑草に覆われ確認は出来ません。まずは主郭を目指します。西に進むと大堀切に遭遇しました。写真で見てもかなりの大きさです。わくわくしてきますね。堀切を越えると主郭東の腰郭に到着です。そこから主郭を目指していきます。
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