日本100名城

とくしまじょう

徳島城

徳島県徳島市

別名 : 渭山城、渭津城
旧国名 : 阿波

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徳島城
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蜂須賀家政 (2026/09/23 訪問)

 久しぶりの徳島城です。最近も登城したような気になっていましたが、帰ってから確認すると前回登城したのは平成29年(2017年)でした。
 本丸、西二の丸、西三の丸、東二の丸の城郭部分と、山麓の居館部分からなりたっています。東二の丸に天守跡がありますが、当初天守は本丸にあったようです。元和年(1615~24)に取壊され、一段下がった東二の丸に天守代用の御三階櫓が建てられました。石垣は「阿波の青石」と呼ばれる緑色片岩で築かれ、本丸周囲を中心に見事な石垣を観ることができます。林の中に入ると石垣をさらによく見ることができると思いましたが、所々に「はやしの中にはいらないでね!」と書かれた立札があり林の中を彷徨うことは断念しました。

9月23日の夕方と24日早朝に登城しています。投稿した写真は両日に撮影したものが混在しています。
徳島城博物館は9月23日に訪れたときは夕方でしたので閉館後、翌日はシルバーウィーク明けで休館でした。

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べっち

徳島城 (2026/07/04 訪問)

自分でツアーのついでに行った

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トク

緑色片岩の石垣で築かれた蜂須賀家政の居城 (2026/05/09 訪問)

高松駅から「特急うずしお号」に乗り70分、徳島駅に到着です。徳島城は徳島駅から線路沿いを10分くらい歩き、線路をまたぐ歩道橋を渡ると太鼓櫓跡に着きます。でも少しでも歩かずに、かつ鷲の門からの正規の登城路で藩士の登城気分を味わいたい私は、バスに乗って「鷲の門前」(写真⑨)で下車し、そこから入城しました(駅前⑤⑥⑦番乗り場から鷲の門前経由のバスあり)。

そして麓の部分を見学してから本丸があった渭山へ。標高62mなので楽勝かと思っていましたが、博物館から先の東の丸を通って頂上本丸までは300段の急階段になっていたのには驚きました😱(写真⑥)。午前中に一宮城を3時間かけて隅々まで歩いた後の本日2城目だったので、この予期せぬ階段攻めに苦戦。でも東二の丸や頂上の本丸からの眺望が見たい・・・その一心で登りました(写真⑦⑧)。これで予想外に時間をとられ、帰りの列車の時間もあったので、西の丸の石垣まで見に行くのを断念したのが心残りです。でも鷲の門から、大手門(黒門)の先にある連続桝形、緑色片岩で積まれた大手石垣、表御殿庭園と、麓の部分だけでも十分見ごたえがあったので、今回はそれでよしとしました😊(写真①②③④)。

徳島城の築城者は「蜂須賀家政」です(写真⑤)。大河ドラマ豊臣兄弟で「高橋努」さん演じる「蜂須賀小六(正勝)」の子です。秀吉より四国攻めの功で阿波の国を賜り一宮城に入りますが、山城は不便なため吉野川河口に徳島城の築城を開始。そして関ケ原では東軍についたため阿波の国を安堵され、蜂須賀家は幕末まで続きました。はたして家政はドラマに出てくるのでしょうか?

前日は「東横イン徳島駅前」に宿泊し、ホテルのすぐ傍にある「麺王」さんで、徳島ラーメンを頂きました。濃いめの醤油豚骨で、何故か?🤔・・生卵が無料で付いてきます。どうやらこの食べ方が、徳島のラーメン文化のようです(写真⑩)。ぜひお試しあれ😊。
 

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ボン

徳島城:2018年5月4日:100名城-5 (2018/05/04 訪問)

庭園がみごと。

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概要

蜂須賀家政が吉野川河口の渭山に築いた平山城。山頂の本丸には天守があったが元和期に取り壊され、後に東二の丸に建てられた。本丸周囲に築かれた高石垣や、屈折を繰り返す西三の丸の石垣など、現存する造りから堅固な防御だったことがうかがえる。大手門外側の三木曲輪に構えられていた鷲之門を平成元年に再建。

城郭情報

城地種類 梯郭式平山城
築城年代 天正13年(1585)
築城者 蜂須賀家政
主要城主 蜂須賀氏
文化財史跡区分 国史跡(徳島城跡)、国の名勝(表御殿庭園)
天守の現況・形態 型式不明[階層不明/1588年築/破却]、東二の丸御三階櫓[3重3階/1615年頃築/破却(廃城令)]
主な関連施設 鷲の門、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、横堀(水堀)、庭園
住所 徳島県徳島市徳島町城内
問い合わせ先 徳島城博物館
問い合わせ先電話番号 088-656-2525