猿掛城から車で40分ちょっとで、山への進入口(34.692475、133.664041)に着きました。
ここから山に入り、登り口付近(34.691046、133.663501)方面に向かう予定でしたが、左足首の痛みの為、登城は厳しいので、ここで断念しました。
ここから戻ろうとしましたが、道が狭く何度も切り返してやっと脱出できました。素直に登り口付近方面に向かい戻ってきた方が良かった気がします。
築城年代は定かではないようですが、南北朝時代の1385年(至徳2年・元中2年)には今川泰範が城主だったようです。
1501年(文亀元年)頃から上田氏が代々在城することとなり、 天正年間には備中・松山城主三村元親の弟実親を養子に迎えていまする。
1575年(天正3年)備中兵乱により三村氏の諸城を落とした毛利氏が鬼見城を囲むとこれに抵抗したが、城主実親は城兵を救う事を条件として自刃しました。
その後、毛利氏は宍戸隆家を城主とし城代として佐々部美作守を置きました。
その後、隆家の嫡子元秀の子元継が城主となりますが、1600年(慶長5年)の関ヶ原合戦後、毛利氏の防長移封により廃城となりました。
攻城時間は10分(車の切り返しに時間がかかりました)くらいでした。
本日の城巡りは、ここがラストの予定でしたが、鬼身城の登城を途中で取りやめた為、時間があり明日予定の鴨山城へ行くことにしました。
鴨山城の比高は140m。痛い左足でもなんとかなるかもと淡い期待を持って、次の攻城先=鴨山城に向かいました。
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