しみずやまじょう

清水山城

長崎県対馬市


旧国名 : 対馬

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虎の子

城への交通手段実践レポート (2024/02/15 訪問)

長崎県の城制覇2日目の行程
※前日、対馬の厳原にあるホテル泊
※金石城、金田城とともに登城

※対馬への交通手段は、長崎空港-対馬空港の往復航空機と対馬内ホテル宿泊がついて22,000円のフリープランツアー(長崎空港トラベルサービス)を利用、お得感がありました
※対馬内移動は、観光タクシー半額キャンペーンがあったので、7時間貸切ました

7:00頃から8:00 清水山城を登城
8:00頃から8:45 金石城を登城
        ※清水山登城口から徒歩5分程度
8:45頃から9:00  観光情報館ふれあい処つしま(8:45-17:39)にて金田城スタンプをゲット

※ここから観光タクシー利用
9:00-9:30 厳原から金田城登山口へ移動
      金田城(続百名城)散策
       ※登山口から山頂まで50分(健脚ではないです)
       ※山頂付近に明治以降の砲台跡などがあります
12:45-13:00 タクシー移動、昼食
14:00-15:00 姫神山砲台跡散策
       ※明治以降の戦争遺構。砲台跡や弾薬庫跡があります
15:00-15:30 タクシー移動
       万関展望台
        ※対馬を東西に通れるように掘削した海峡に架かる橋近くの展望台
15:45-16:00 タクシー移動、温泉施設へ(観光タクシー終了)

※観光タクシーは時間内なら行先や滞在時間は融通が利きます

20:00対馬空港発の航空機で長崎に戻り、諫早泊

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昌官忠

202206遠征(対馬&五島&北部九州)2日目:清水山城 (2022/06/06 訪問)

10Kgの荷物を背負い桟原城から徒歩で、登山口(34.205352、129.287239)に着きました。

清水山城は、豊臣秀吉による文禄・慶長の役で肥前名護屋から朝鮮半島への重要拠点として、1591年(天正19年)に築かれました。
築城者は対馬に常駐していた秀吉の軍監毛利高政とする説が一般的のようですが、対馬の宗氏を主として相良長毎、高橋直次、筑紫広門が助力したという説もあるそうです。

対馬歴史民俗資料館から登山道への道標があります。
10Kgの荷物を背負って2850mの山道を登るのは、70才近いおじさんにはキツイので登山口で攻城を断念しました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=金石城へ徒歩で向かいます。

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kazu

清水山城は石垣好きにはたまりません! (2022/05/01 訪問)

織豊系城郭の石垣が其処彼処にあって、なかなか前に進めませんでした。
石垣と厳原港を見下ろす眺望が素晴らしかったです!

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城好きのメガネ

「清水山城」 (2020/03/27 訪問)

<オススメ>★★★★★
清水山城は1591年に文禄・慶長の役(朝鮮出兵)に際し、本営である名護屋城(佐賀県唐津市・日本100名城)と朝鮮半島の釜山を結ぶ輸送及び兵站の中継拠点として秀吉の命により築城された。宗義智を主に相良長毎、高橋直次、筑紫廣門らが合力したとされる。現在、横矢桝形や内桝形虎口など織豊系城郭の特徴が遺されている。

<アクセス>
対馬やまねこ空港よりタクシー30分

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 毛利高政
築城年 天正19年(1591)
主な城主 毛利高政
遺構 曲輪、石垣、堀切
指定文化財 国史跡(清水山城跡)
再建造物 説明板
住所 長崎県対馬市厳原町西里
問い合わせ先 対馬市教育委員会文化財課
問い合わせ先電話番号 0920-54-2341