岩手県北上市の浮牛城です。いつ頃築城されたかは定かではむありませんが、安倍貞任が築城したとされます。鎌倉時代になり葛西氏七党の一人、岩谷堂城の江刺氏の子口内氏が戦国時代居城したとされます。しかし、葛西氏は豊臣秀吉の小田原攻めに参陣せず改易。口内氏も城を去り、その後伊達領となり南部領との境目の城として要害と称し伊達家家臣が在城。1695年には中島氏が城主となり明治維新まで続いています。城はJR北上駅の東約8km、岩谷堂城の北12km程の口内川北岸にあり独立丘陵頂部に本丸、東南側に二の丸、二ノ丸周囲には水堀が廻らされ、北東側は空堀が廻らされ、北側は断崖となっています。口内川両岸には家臣屋敷を配し中島氏は2524石の知行地でした。現在本丸は浮牛城農村公園として整備され二ノ丸跡・堀跡などに立札が設置されています。
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