たがみやまじょう

田上山城

滋賀県長浜市

別名 : 田上山砦、田神山城、木之本城
旧国名 : 近江

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主郭
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ぴーかる

田上山砦 (2024/12/01 訪問)

【田上山砦】
<駐車場他>城跡南600m手前の登城口まで車で行けます。3台分程のスペースがありますが、途中道が悪くバンパー下を擦る恐れがある箇所があります。麓付近の小溜池<35.508464, 136.228090>付近に駐車して徒歩で登っても無難かと。
<交通手段>車

<見所>堀切・虎口・土塁
<感想>日帰り湖北陣城攻め旅2城目。現地説明板によると「信長公記」には1573年に朝倉義景が田上山に布陣したとあります。賤ヶ岳の戦いにおいては羽柴秀長の陣城で実質的には秀吉方の本陣であったようです。
 上記登城口から古墳のような盛土や意冨良神社上宮跡を通過して城跡にたどり着きます。砦跡は主郭を中心に南北と主郭から西側に長く曲輪が伸びています。主郭から南側は南郭、南堀切があります。南郭は土塁囲みの曲輪で副郭であったようです。主郭から北側は堀切土橋、北曲輪、北曲輪の北側に馬出し、広い尾根曲輪の先に北外郭があります。北外郭の北虎口は小さいながら枡形が2つ繋ぎになった珍しい形状の虎口でした。北外郭の更に北側に谷を利用した堀切になっていました。主郭の西側は尾根を下がりつつ竪土塁があり真ん中辺りに堀切があります。西郭は匚状に土塁があり郭の西側に堀切、さらに西側にも堀切があります。
 縄張り的に北郭の北側が広大な削平地になっていて武者溜まりであったように感じました。北からの攻撃を沢山の兵で押さえる北側を意識した造りになっていると感じました。陣城の小さいながら凸凹の遺構が明瞭に残る見応えある城跡でした。

<満足度>◆◆◆

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小城小次郎

どうやって短期間で仕上げたのだろう (2023/05/14 訪問)

賤ヶ岳の戦いの際に羽柴秀長が在陣した陣城で、いわば羽柴方の本陣。最前線の虎口と中心部の間が自然地形なあたり典型的な陣城だが無駄がなく合理的であるとも言える。短期間でどうやってこれだけのものを仕上げるのだろう。

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ぶーたろー

滋賀県立伊香高校からの登城の動画を紹介 (2021/04/03 訪問)

https://youtu.be/IQw6EwLETtc
↑この動画が参考になります。春先に登城してきました。途中まで自動車で行けますが、道が狭く対向車が来たらきついかな。
きちんと整備されていて、看板も充実しています。往復二時間あれば十分観てこれると思います。

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柳ケ瀬断層 (2021/05/08 訪問)

賤ヶ岳の戦いで、秀吉の弟の秀長が布陣しました。この戦いの秀吉軍の本拠とも言える城で、北國街道が、長浜がある沖積平野から山あいに入る箇所の東に聳えています。勝家がいた、玄蕃尾城へ向かって、ほぼ北にまっすぐに狭幅の平地が続き、北國街道が走っています。先に投稿した東野山城は、山あいに入って少し北上したところにあります。東野山城も、この田上山城も急斜面で、かつ比高があるのに、頂部は比較的平らで多くの軍勢が駐屯できそうです。両城とも土塁で囲われた主要部分の外側に広い自然地形の平坦地があります。
北國街道の東側の山の麓には、柳ケ瀬断層が走っており、西側に対して東側が隆起しています。このためにまっすぐな谷間が作られ、さらに、隆起する側が乗り上げてくる逆断層であるので、東側の急な斜面・比較的広い頂部を作ったのだと思います。
麓の神社から城域までよく整備、維持されています。城域の本当に端まで草刈り、雑木伐採がなされているのに感心しました。
下山後、北國街道沿いの山路酒造に立ち寄り、純米吟醸酒を買いました。田上山城に行ってきたと言うと、御城印を勧められました。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 羽柴秀長
築城年 天正11年(1583)
主な城主 羽柴氏
遺構 曲輪、土塁、虎口、馬出、横堀(空堀)、土橋
再建造物 説明板
住所 滋賀県長浜市木之本町木之本