やぎやかた

養宜館

兵庫県南あわじ市

別名 : 大土居城、大土居、御土居
旧国名 : 淡路

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養宜館入口の案内板
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みんなの口コミ

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赤い城

野生動物 (2025/02/08 訪問)

朝田さんのクイズ、無事に正解できてよかったです✨
久しぶりに正解したような・・・。
にのまるさんのクイズも難しかった。
城では野生動物と出会うことも多いですね。
猪が多いけど猿やカモシカ、鹿など。
東京では檜原城でカモシカに出会ったことがありました。
幸い熊さんには未遭遇、妻木城への林道で車の中から目撃した事はありますが。

で、養宜館です。
もちろんあの動物はいません。
館跡入口には案内板があり、公民館に車を置くことができます。
館跡は畑になっていて土塁が一部残っています。
外側には堀跡も。
淡路国守護の細川氏の居館で東西120m、南北250mの規模だったとされます。

近くには淡路島牧場があり、美味しいソフトクリームが食べられます(この日は極寒なのでパス)。
ここの乳牛はモーツァルトの音楽を聴いて育ってます。
その牛乳、なんとなく美味しい感じがしました。

【見どころ】
 ・北側と東側に残る土塁

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しんちゃん

残された土塁だけでもかつての規模を推測できる。 (2023/08/13 訪問)

養宜館は淡路国守護細川氏の居館があったとされています。
暦応3年(1340)細川初代師氏が淡路に入り、
永正16年(1519)7代尚春が阿波で三好氏に謀殺されるまで
機能していたということです。
館の規模は南北250m、東西120mとのことで
四方に土塁と堀を巡らした、長方形の形状をしていたそうです。
明治維新後、ジワジワと遺構の破壊が進みましたが、
周囲に残っている土塁だけでも、なかなかの規模のようです。

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織田晃司

メェ~ (2023/07/22 訪問)

田畑の北側と東側に土塁が残る

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昌官忠

2022夏の青春18キップ遠征2日目:養宜館 (2022/07/21 訪問)

洲本城からの転戦です。中八木集会所の空スペース(34.305223、134.795103)に駐車しました。

1340年(暦応3年・興国元年)足利尊氏の命により、淡路を平定した細川師氏によって築かれたと云われています。
それ以前に守護所があったとも云われていますが、定かではないようです。
以後、細川氏は7代約180年間にわたって淡路を支配しましたが、1519年(永正16年)7代・細川尚春が三好之長に謀殺されたため、この館も廃されることになりました。

薬師堂横に館跡碑&説明板があります。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=志知城に向かいます。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 細川師氏
築城年 興国元年〔南朝〕/暦応3年〔北朝〕(1340)
主な改修者 不明
主な城主 細川氏
廃城年 永正16年(1519)
遺構 土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県史跡(養宜館跡)
再建造物 石碑
住所 兵庫県南あわじ市八木養宜中
問い合わせ先 南あわじ市生涯学習文化振興課
問い合わせ先電話番号 0799-37-3020