たつのじょう

龍野城

兵庫県たつの市

別名 : 霞城
旧国名 : 播磨

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ミッピのパパ

(2021/03/30 訪問)

本来ならば、龍野の山城(古城)を攻略すべきところであるが、旅程時間の制約もあり
山麓の平山城のみ攻略。
しかし、ちょうど桜が満開で、あまりの美しさに思いのほか時間を取られてしまった。

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ぴーかる

龍野古城~中世山城編~ (2021/01/10 訪問)

【龍野古城】
<駐車場他>龍野歴史文化資料館駐車場
<交通手段>車

<見所>曲輪・竪掘り・土塁・石垣・八幡宮跡
<感想>緊急事態前の駆け込み攻め城4城目。近世城郭のほうの龍野城攻城の後登城しました。龍野古城現地案内板の説明を要約すると、「龍野古城のある鶏籠山は鶏の伏せ籠に似た形だったためその名がつけられました。1499年に赤松一族によって築城され、赤松村秀が最初の城主として以降4代78年間赤松氏が支配します。1577年羽柴秀吉の播磨攻めの際に2万の軍勢を見た当時の城主赤松広英(広秀)は赤松氏の滅亡を憂いて秀吉の軍門に下ります。広秀は後の竹田城主となります。龍野城はその後秀吉の家臣が数人城主を務め、1598年に山頂の城を取り壊して麓の現在の地に城が築かれたといわれています。」

 龍野古城へは龍野城の西端の高麗門のそばに獣よけのゲートがありますので開けて入山します。登山道は整備されているのでストックは不要ですが靴はそれなりのものを履くようにした方がよいです。ゲートを入ってすぐ登った所も東西に長い曲輪跡が数段あったようです。20分程登ると南曲輪群の最下段とおぼしき曲輪にあたります。城跡は山頂に主郭、そこから南の麓側に主に連郭の曲輪が数段連なっていて明確に曲輪土塁が残っています。主郭から北へも3段程曲輪があり、その先は堀切で仕切っています。主郭周辺は残存の石垣が所々にあり探し見付けるのが楽しいです。主郭東側の腰曲輪には八幡宮跡があって、石鳥居の残骸、石畳み、石段が残っておりここも見応えあります。
 麓の龍野城と一緒に投稿するのには勿体ない見所ある城跡でしたので今回別途投稿しました。麓の龍野城来訪時には一緒に行くのをお勧めします。

<満足度>◆◆◇

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ぴーかる

龍野城~麓居館編~ (2021/01/10 訪問)

【龍野城】
<駐車場他>龍野歴史文化資料館横に駐車場8台分あり。
<交通手段>車

<見所>復元本丸御殿・復元埋門・復元武具櫓
<感想>緊急事態前の駆け込み攻め城3城目。現在の山麓居館の龍野城は江戸時代初期に築城されましたが、京極高和の丸亀転封によって破却されました。その後1672年に脇坂安政の入部よって再建されました。江戸時代より以前は山頂に 鶏籠山城(龍野古城)があり、室町時代に赤松村秀によって築城され以降赤松時代が4代続いたが秀吉の播州攻めにより開城している。
 この城跡の見学後山頂の鶏籠山城にも登城したので、実際は山頂と麓にある時代の違う別の城と言われればそうなのですが鶏籠山城跡の方は城びと登録に無いわりにはいい城跡だったので、龍野城の方で記録を残したく前後篇に分けて投稿させて下さい。
 まず龍野歴史文化資料館、有料200円程度に入館した。内部は龍野城の縄張り図や脇坂時代の武具等の展示もあります。資料館前に復元武具櫓があり、扉の鍵はかかっていないが立入禁止の表示もなく入っていいのか駄目なのか良く分からずでした。ちょっと不親切。復元の本丸御殿は見事で入館無料、外観見応えあります。知名度が低いのが不思議。城跡の西端に模擬隅櫓、高麗門があり、鶏籠山城に入るゲートがあります。遺構は寺に移築門があるらしいが現地は石垣のみが残っている。南面に石垣が高石垣で見応えありそうでしたが、プール、裁判所、検察庁があったりして堪能できませんでした。

<満足度>◆◆◇

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織田晃司

麓の龍野城、山頂の龍野古城 (2021/01/10 訪問)

元々、鷄籠山にあったのが龍野古城。
本丸に僅かに石垣が残るほか曲輪が残る。

山頂の城が廃城となり、江戸時代に麓に建てたのが龍野城。
本丸御殿・埋門・多聞櫓が復元。模擬隅櫓が建つ。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 脇坂安政
築城年 寛文12年(1672)
主な城主 脇坂氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 石垣
再建造物 御殿、模擬櫓、門、塀
住所 兵庫県たつの市龍野町上霞城(鶏籠山頂)
問い合わせ先 たつの市産業部商工観光課
問い合わせ先電話番号 0791-64-3156