たつのじょう

龍野城

兵庫県たつの市

別名 : 霞城
旧国名 : 播磨

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石垣1
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イシテル

西播磨の山城「鶏籠山に広がる要塞:龍野古城」 (2022/12/10 訪問)

西播磨山城11のひとつ「龍野古城」。
龍野城の西門奥から登城口があり、20分ほど登ると 最下段の段曲輪(削平地)に到着。
ここから6段の段曲輪を順に登ると最上の曲輪となり、これが二ノ丸。
二ノ丸を一段降りて100mほど進むと本丸があり、二極に分かれた曲輪構成となっていることが判ります。
本丸の下段には八幡宮跡があり、石垣、古城石段、石たたみや鳥居跡が見られます。
本丸の側面の一部に帯状の石垣があり、本丸の先を進むとそこにも幾つかの石垣と散らばる大きな石塊も見られる。(積石の跡?)
山裾には3段の帯曲輪、山上で重なる段曲輪、石垣を多用した様子から、標高218mと高くはありませんが、鶏籠山を要塞とした山城であったのではと想像を掻き立てられる実に面白く興味深い山城です。

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カズサン

模擬隅櫓続土塀の景観が美しい (2005/06/06 訪問)

 龍野城は昭和54年絵図を参考に本丸西隅に模擬二階隅櫓、本丸模擬御殿、模擬櫓埋門が再建されて居ます。
 17年前の平成17年6月上旬、ふるさと鳥取の帰路寄りました、車は車、人の流が少ないので隅櫓下裁判所土塀西横に路駐。

 本丸西隅の二階隅櫓と続く土塀石垣、南下の裁判所西側の土塀辺りからの隅櫓景観が見所の様に思って居ります、また龍野古城である鶏籠山城の山頂もその辺りから見上げる事も出来ます。
 隅櫓下から本丸石垣下の土塀に囲まれた搦手道を登ると西門、本丸大手道、渡櫓式の埋門、内枡形に成って居り本丸へ登り坂道、模擬御殿が表、裏と二棟再建されて居る、桜の頃はさぞ綺麗であろうと思う葉桜。

 龍野城の歴史は、中世赤松氏から始まり、秀吉中国攻めで秀吉側の武将が城主を務め、関ヶ原後姫路池田輝政家老荒尾氏が城代、本多氏、小笠原氏、京極氏と続き、脇坂氏が寛文12年(1672年)入封し麓の本丸居館部を再建した、脇坂氏は以後10代治政し明治を迎える。
 脇坂氏入城後、赤穂事件の赤穂城受取りは二代目安照、受取の使者、在番を務める、忠臣蔵で良く出て来る場面でもあります。

 路駐でもあり本丸中心の探訪、龍野市街は車窓見学、揖保素麵、龍野薄口醤油は歴史も有り有名です。
 ※トップ掲載写真がクリックミスで最後になって仕舞いました、この景観を愛でて居たのですが?
 

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朝田 辰兵衛

龍野古城,その先には八幡宮跡が… (2022/06/12 訪問)

龍野古城本丸跡までは,他の登城グループと一緒になりました。ところが,本丸跡のすぐ先にある八幡宮跡へは行かれずに下山されたようでした。個人的感想を言えば,八幡宮跡のほうが魅力的でした。みなさんは,見落としのないように。

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朝田 辰兵衛

この日は暑く… (2022/06/12 訪問)

この日は暑く,JR本竜野駅舎内のカフェで食べた抹茶ソフトがおいしかったです。撮るのを忘れて食べてしまいました。
JR本竜野駅からは,岩見用水沿いを歩き,旭橋で揖保川を渡り,徒歩約15分で東門橋到着。
鶏籠山を登り,龍野古城へは行きましたが,時間の関係で移築門は散策できませんでした。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 脇坂安政
築城年 寛文12年(1672)
主な城主 脇坂氏
廃城年 明治4年(1871)
遺構 石垣
再建造物 御殿、模擬櫓、門、塀
住所 兵庫県たつの市龍野町上霞城(鶏籠山頂)
問い合わせ先 たつの市産業部商工観光課
問い合わせ先電話番号 0791-64-3156