和歌山城は、紀伊国紀ノ川河口の平野、標高約49mの岡山北端に築かれました!
山頂に登れば、平野から海まで見渡せる景勝の地になっている!
1585年に豊臣秀長が築いた!
関ヶ原の戦いの功績により、1600年に浅野幸長が入り、天守を建てています!
1619年に徳川頼宣が入城、拡張修築して紀伊徳川藩を創設した!
豊臣秀長の時代の城は、旧本丸(現天守曲輪)、旧二の丸(現本丸)、堀之内曲輪(現二の丸・三の丸他)の規模でした!
浅野時代に内堀、外堀、石垣を改修し、城としてほぼ完成しました!
徳川時代の縄張は、山上に本丸、南側中腹に松の丸、山下北方に二の丸、その西側に西の丸、南に南の丸、西下に砂の丸を置き、これを囲んだ総構が有りました!
南の丸に櫓や高石垣を築き、多くの石垣を普請し直しています!
これにより、梯郭式と輪郭式併用の近世型平山城が出来上がった!
山上部分は、西側の天守曲輪と東側の本丸で構成されています!
天守曲輪の広さは約2640mで、天守、小天守、台所、乾櫓、ニの門(楠門)が、多聞で連結されていました!
江戸時代初期の天守は、1846年の落雷で焼失、4年後に再建されています!
この天守も1945年の戦災で焼失、1958年に鉄筋コンクリートの天守が外観復元されたが、二の門のみ木造にて復元された!
また、内郭に造営された三つの御殿が有りました!
本丸御殿は、岡山の頂上と天守曲輪を挟んだ頂部に位置していました!
二の丸にあった二の丸御殿は、宮様御殿とも呼ばれてて大奥も存在していました!
西の丸にあった西の丸御殿は、頼宣の隠居所として築造され、御座之間や御数奇屋、能舞台などからなり、内堀を取り入れた庭園が設けられていました!
和歌山城の門は、大きく櫓門と高麗門に分類されます!
このうち櫓門は、外郭部の正面入口で三の丸の北側入口でもある京橋門や、西側入口である吹上大御門、内郭部の東側入口である岡口門など重要な場所に置かれました!
また高麗門は内郭への正面入口である大手門や、西側入口である追廻門などに建てられています!
この内、現存する門は、岡口門と追廻門、そして復元された大手門で有ります!
江戸時代の絵図には、和歌山城の櫓は15基有ります!
巽櫓や乾櫓、東櫓・西櫓に水の手櫓や岡口御門続櫓、駿河櫓に月見櫓や御太鼓櫓などが有りました!
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