岸和田城はいつ、誰によって築かれたかは分かっていません。羽柴秀吉は天下統一の過程で紀州の根来寺などの勢力への押さえとして中村一氏を城主とし、根来寺壊滅後は秀吉の叔父にあたる小出秀政城主として、城や城下町の整備にあたらせました。
岸和田城は輪郭式平城で小出秀政築城当時は複合式望楼型5重5階の天守構造であったとのことです。
朝4時に家を出て、岸和田城を目指しました。23号線と名阪国道を使って4時間程で到着する予定でしたが、名阪国道で事故渋滞!
「勘弁してくれよぅ〜」と一人でぼそぼそ言いながら1時間30分オーバーで到着しましたが、久々に見た彦根城天守にも似た岸和田の天守を見てお堀をぐるりと廻りながら夢中で写真を撮りました。
しかしながら残念なことに、多聞隅櫓の瓦が割れているところもあり、八陣の庭と隅櫓との間には巨木が倒れている風景がありました。
台風の影響が今以てあるんだな〜と実感しました。
+ 続きを読む









