石垣風外観。城址碑があります。
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2026/01/01 10:43
2025/04/28 09:59
二度目の花隈城 (2025/04/25 訪問)
今回も神戸で中学卒関西地区同窓(同級)喜寿の祝いが有り出掛け、前回の2019年平成31年1月も神戸で古稀の祝いが有り、会の前に、花隈城と兵庫城を初探訪して花隈城は喜寿の会の前に2度目の探訪として寄りました。
JR元町駅から西に徒歩約10分で石垣に覆われた花隈公園が目に入ります、南東角、南正面、同駐車場(トイレ有利用)、南西角、登って北西角、裏正面より花隈公園内に入る、石垣か?石板か?に四方覆われて石垣の様に整われている、模擬石垣でも存在感は有り城好きにはありがたい存在です。
上部公園西に円柱の花隈城跡碑、裏面の碑文は読みにくく写真撮影には不向き、隣に東郷元帥の神戸在住時利用した井戸を再現移設した碑がある、公園南東角に天守台の様に公園最高所が設けられている。
公園には市民の方、保育園児も見えて賑やかで鯉のぼりも飾ってある、東隅にはあやめ池青紫の花が奇麗に咲いていた。
花隈城と言うと荒木村重が思い起こされる、今はJR線、市街地化されて遺構は残って居ないのでしょうが?海近の丘陵先端に城郭を築いた意味合いが分かります、沖行く船の見張に山陽道行き来の見張に防御の好都合。
地下駐車場も併設し市民利用の花隈公園で花隈城を偲ぶのも、歴史を思い起こすこともありがたい存在です。
この後、肉球さんが最近投稿されていた坂本龍馬、勝海舟の神戸海軍操練所遺構、石碑廻りに寄りました。
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2024/07/08 21:23
2024/05/08 21:08
荒木村重が最後に籠った城 (2024/04/21 訪問)
花隈城は織田信長が荒木村重に命じて築かせた城で築城時期については諸説あるようです。築城の際には穴太衆を用い、かなりの量の石垣を使用したようです。天正6年に荒木村重が信長に反旗を翻すと、有岡城の支城として戦い、有岡城・尼崎城から撤退してきた村重が最後に籠った城とされています。花隈城はその後、池田恒興らに攻められ天正8年(1580)に落城し、村重は高野山を経て毛利氏の下に亡命したとされています。
本丸跡地にある駐車場には模擬石垣が積まれ、石垣の上は公園になっています。模擬天守台の上からは周囲の街並みを見ることができます。
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| 分類・構造 | 平山城 |
|---|---|
| 天守構造 | 型式不明[階層不明/築年不明/破却?] |
| 築城主 | 荒木村重 |
| 築城年 | 永禄10年(1567) |
| 主な城主 | 大河原氏 |
| 廃城年 | 天正8年(1580) |
| 遺構 | 消滅 |
| 再建造物 | 模擬石垣、石碑、説明板 |
| 住所 | 兵庫県神戸市中央区花隈町 |
| 問い合わせ先 | 神戸市兵庫区役所 |
| 問い合わせ先電話番号 | 078-511-2111 |