野面積みの天守台がポツンと残っていて、その周辺はいかにも堀の跡といった感じ。乙女が池とセットで訪れてみれば水城らしさがイメージできるかも。
江戸時代には跡地が大溝陣屋として転用され、長屋門の他、城下町の遺構として水路や武家屋敷の跡なども残されている。
なお、大溝城とは関係ないが、乙女が池の周辺は奈良時代に勃発した藤原仲麻呂の乱の最後の激戦地だったようで、仲麻呂は乙女が池の辺りで討ち取られたとか。
また、30分程湖岸道路を南に歩くと、湖上の鳥居で有名な白髭神社があります。時間に余裕があれば是非。
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