おやまじょう

小山城

栃木県小山市

別名 : 祇園城
旧国名 : 下野

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ホトトギス

城山公園 (2015/12/29 訪問)

市役所近辺

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カズサン

思川東岸段丘活用連郭式大城郭 (2016/02/29 訪問)

 平成28年2月下旬茨城県城廻り、結城城を終えて栃木県南端小山市の小山城(祇園城)を夕刻に初登城、小山市役所の駐車場が満車で小山城北側の天翁院駐車場を利用させて頂き、寺院裏の北端の10曲輪から探訪開始し南に1曲輪を目指す、実城跡、小山御殿、市役所の小山評定跡の碑を最終点とした。
 各曲輪が西の思川へ掘り切られ深く広く大きい、西は思川断崖、東は長い横堀が南北に連なり要害の構え、実城、小山御殿跡は工事中で御殿跡広場に改造修復中でした花見の頃には完成予定なのでしょうもう少しで終わりそうな工事でした。
 
 小山評定は関ヶ原の決戦前の大きな歴史分岐点徳川の世が決まったポイントだったのでしょう、ここに居た豊臣の家臣は関ヶ原後太守に昇る。

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🏯城好きのメガネ

「祇園城」 (2020/02/29 訪問)

<オススメ>★★★★★
鎌倉時代に下野国守護をつとめた小山氏の居城である。当初は鷲城の支城であったが、南北朝時代に代々の本城となった。戦国期には小山高朝(結城正勝の弟)は、上杉謙信の陣営に加わるが席次の不満により小田原北条氏に転じた。1576年頃には、北条氏照が城主となり城の改修が行われたとされる。以後、上杉氏と小田原北条氏の間を右往左往し、家名と所領を保とうとした。小田原征伐の際に、小田原北条氏に属したため、小山氏は領地を没収され滅亡した。1616年に、徳川家康の命により本多正純が小山3万3000石の城主となり、改修を行うが宇都宮へ移封となり、廃城となった。現在、土塁や空堀が遺されている。

<アクセス>
JR小山駅 徒歩15分

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BUGTI

小山氏代々の本城 (2019/11/10 訪問)

実はそれほど期待していなかったが、さすがに国指定史跡となっているだけのことはある。公園化して縄張が崩れているものの、空堀や土塁が所々に残っていました。城跡としての説明が少ないのが残念ですが、中世の城の雰囲気をそこそこ味わえる城だと思います。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 小山氏
築城年 久安4年(1148)
主な城主 小山氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 国史跡(小山氏城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 栃木県小山市城山町(城山公園)
問い合わせ先 小山市教育委員会文化振興課
問い合わせ先電話番号 0285-22-9668