しらはたじょう

白旗城

兵庫県赤穂郡

別名 : 赤松氏城
旧国名 : 播磨

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①本丸跡
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征13日目:白旗城 (2026/05/23 訪問)

ホテル最寄りの津山駅からJR姫新線を利用して河野原円心駅に着きました。
河野原円心駅から徒歩30分弱で、白旗山細野登山口(34.910548、134.3662896)に到着しました。

築城年代は定かではないようですが、1333年(元弘3年)頃に赤松円心則村によって築かれたと云われています。
1335年(建武2年)新田義貞が大軍を率いて白旗城を包囲しましたが、50日あまりの籠城を耐え抜き落城しなかったそうです。
しかし、1441年(嘉吉元年)嘉吉の乱では山名軍によって落城、赤松氏は城山城で一時滅亡したそうです。

登城口手前で白旗城を見ると白旗城はもやの中です。このもやは本丸に着いてもはれませんでした。
小雨が降る中カッパを着て、白旗山 細野登山口より攻城。
登城路は途中まではなだらかな道ですが、そこから先は、尾根に出るまで岩だらけの酷道が続きます。
二の丸から侍屋敷跡(伝)経由での大手段郭は多くの石積みが残りますが、こちらも崩落した石で足場が悪いので注意が必要です。
登山道が整備されているとはいえ、酷道ですのでトレッキングシューズでの登城をお勧めします。
登山口から本丸まで75分。案内標識がいたる所にあるので迷わず本丸まで行けます。
下山は55分。下山時、12回滑り4回転びました。靴もズボンもカッパも泥だらけです。
下山して登城口に着いた時は雨は止んでいました。
でもカッパの中はサウナ状態。流れる汗がしょっぱい。上下一式、廻りを気にしながら登山口で着替えました。
攻城時間は140分くらいでした。電車まで少し時間があったので、赤松氏居館(城びと未登録 兵庫県上郡町)に向かいました。

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しんちゃん

赤松氏 (2025/04/20 訪問)

白旗城は播磨・備前・美作の守護大名赤松氏の本城として嘉吉の乱で赤松氏が一時滅びるまで使用されています。目立った遺構はそれほどありませんが、尾根上に腰郭を含め多くの郭を持っています。二の丸から本丸まで尾根上になだらかな郭が続き、なかなかに広い城域を持っています。

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しんちゃん

落ちない城だって? ふっふっふっ (2025/04/20 訪問)

白旗城は南北朝時代に赤松円心が新田義貞の大軍相手に耐え抜いたことで「落ちない城」として受験生の皆さんに人気があるらしい。
まあ「嘉吉の乱」で〇〇してるんだけどね。ちなみに私、ありとあらゆる「落ちない城」とやらを訪問していますが、人生でさんざん「奈落」「転落」「落選」「堕落」を経験しています。「逆」に今のうちにいっぱい〇〇〇おいて、しぶとさを身に着けた方が良いかもよ。

この城は比高が400mあって、それだけでもなかなかのボリューミーなんだけど、それ以上に登城道が岩だらけでヒザに厳しいです。これだけ登りにくい登城道もなかなか無いですわ。しばらく登って行くと、道が城址方面に折れて、その先に堀切があります。
まずは四郭とされる、櫛橋丸を攻略します。この辺の道も急で滑りやすいので注意。その先は尾根上に二の丸・馬場・本丸と続いて、その先に三の丸があり、周囲には複数の腰郭が付いているようです。

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小城小次郎

落ちない城・・ (2023/01/08 訪問)

「落ちない城」として有名になったが実際に落ちてないのかは横に置き(汗)、赤松円心が新田の大軍を引き付けたことに始まり、その後も赤松氏の重要拠点であり続けたという点で難攻不落の名城であったことに疑いはなかろう。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 赤松則村
築城年 元弘3年(1333)
主な城主 赤松氏
廃城年 嘉吉元年(1441)
遺構 曲輪、土塁、堀切、井戸
指定文化財 国史跡(赤松氏城跡)
住所 兵庫県赤穂郡上郡町赤松、野桑他
問い合わせ先 上郡町教育委員会社会教育課文化財係
問い合わせ先電話番号 0791-52-2912