しらはたじょう

白旗城

兵庫県赤穂郡

別名 : 赤松氏城
旧国名 : 播磨

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谷落としの岩
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ぴーかる

白旗は揚げません (2020/05/23 訪問)

【白旗城】
<駐車場他>登城口ゲート前に専用Pあり
<交通手段>車

<見所>谷落としの岩・嘆きの岩壁(巨石)・石積み遺構
<感想>1335年築城説が有力で赤松則村(円心)によって築城され、足利尊氏を追う新田義貞軍6万の兵を50日間足止めにして防ぎきった難攻不落の城。この防衛戦が足利軍の湊川の戦いの勝利に貢献した。
 城跡は「落ちない城」として麓に自販機で絵馬が販売されていたりして少し観光地化されています。登山口の麓に室町時代の神社・お寺跡があり五輪塔・石積み・堀跡があり、ここだけでも十分見応えがあります。山頂までは約1800㍍の登山でかなりきついです。3分の1程度登ったところから「谷落としの岩」と呼ばれる谷に入ります。攻め寄せる新田軍を城の上から岩を投げ落として防いだとされる所で谷一面が巨石・岩で覆いつくされていてかなり見応えがあります。この谷のまん中辺りに「嘆きの岩壁」という一枚岩の巨石の岩壁があり、ここで新田軍の進軍を迂回させて待ち伏せ攻撃したとされます。また戦国期に築かれたものであろうか、登り石垣が1本あります。見応えはありますが足場が岩なのでこの谷岩を踏み越える頃には結構足にきて、息が切れます。所々にベンチがあるので一息ついて進むと急斜面の岩場の堀切になります。抜けて最初に見れる曲輪は狭い山頂部分に櫛橋丸(伝)という岩場でできた曲輪があります。ここから堀切を1つ超えると主要部分に入ります。
主要部は西側の二の丸跡から入ります。西から二の丸→馬場→本丸→三の丸の順に広い曲輪になっています。付曲輪群が見取図にあるが、急斜面で鬱蒼としているために確認するのは困難かと。二の丸の南側に侍屋敷の曲輪があり木々の間をくぐりぬけ行けました。なかなかいい石積み遺構が見られます。さらに南側に大手郭にも石積み遺構があるらしいが斜面がきつく行かなかった。
 
 緊急事態宣言解除後に隣県だが県またぎをしてしまい、直行直帰で行きました。運動不足の身の初戦にしたらかなりきつい登山だったが白旗は揚げません。

<満足度>◆◆◆

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織田晃司

落ちない城 (2018/09/17 訪問)

ゲートから約1時間かけて登って白旗城に到着。

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todo94

霧中 (2012/12/15 訪問)

北方謙三の「悪党の裔」を読了した2008年、プリウスの初ドライブで近くまで辿り着きながら攻城を見送っていた城である。霧に包まれた生憎の天気ではあるが、4年越しの攻城にいざ出陣。大きな看板近くの登城口を開けて獣よけのフェンスの中に入っていく。城までの距離の表示は2.1kmだった。五輪塔群の近くは非常になだらか。しかし、本格的な登山路になるのは城まで1.1kmの表示から先。苔の生えた岩、岩盤上の濡れ落ち葉と足元の悪さもあるが、中々、最初の堀切に辿り着かない。休憩無しで城攻めするを旨とする私も遂にくじけて30秒ほどの小休止をとってしまった。二の丸に辿り着く前にもう一回の小休止。本丸までの登城にかかった時間は45分であった。

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赤松円心の城 (2016/02/11 訪問)

 河野原円心駅から歩いて登城しました。最初は平地を歩きましたが、その後、ネットの情報通り岩だらけの道をひたすら登りました。櫛橋丸から二郭、一郭を経て三郭の先の堀切まで確認しました。侍屋敷という所に石積があるとの情報あり、そこへ降りてみました。井戸か池らしいくぼみがあり、その平坦地の下に石積を確認しました。遠くから見るとわかりますが、一郭より櫛橋丸の方が高い位置にあります。赤松円心ゆかりの城で来たかった城の一つです。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 赤松則村
築城年 元弘3年(1333)
主な城主 赤松氏
廃城年 嘉吉元年(1441)
遺構 曲輪、土塁、堀切、井戸
指定文化財 国史跡(赤松氏城跡)
住所 兵庫県赤穂郡上郡町赤松、野桑他
問い合わせ先 上郡町教育委員会社会教育課文化財係
問い合わせ先電話番号 0791-52-2912