たかりんさんから博多と福岡の説明を譲られたので・・・
1200年以上も前に編纂された『続日本紀』に博多の大津として登場し、1000年以上の歴史を持つ交易の拠点で商人の町である博多に対し、福岡は黒田官兵衛・長政親子が、関ヶ原の合戦後に筑前国に加増転封となり、福岡城を中心に築いた武士の町(城下町)です。歓楽街で有名な中洲が博多と福岡の境にあたり、中洲から東側・博多駅の辺りから北が博多で南北2km・東西1km程の狭い範囲です。中洲から西側が福岡の街です。中洲の歓楽街に町人は自由に入れたそうですが、武士は入れなかったそうです(´・ω・`)
福岡の町の名前の由来も『軍師官兵衛』等で知られるようになったかもしれませんが、黒田氏にゆかりのあった備前国(岡山県)福岡からとって福岡と名付けられています。
お城については・・・福岡城内に「呑取り」で有名な母里太兵衛(もりたへえ)の屋敷の長屋門が移築されています。越天楽今様の「酒は呑め呑め 呑むならば~」の黒田節のモデルとなった御仁です。
太兵衛が福島正則から「呑み取った」天下三名槍の一つ「日本号」は福岡市博物館の企画展示室(常設展と共通)で見られます。螺鈿の細工が本当に綺麗で美しい槍です。
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