堀内氏善の築城で、関ヶ原後、(堀内)新宮城を追われた際に一時移り住んだ城です。
鵜殿城から車で相野谷川をさかのぼること約20分、県道沿いの説明板から北に坂道を登っていくと東泉寺跡に着きます。そこから墓地へと続く坂道の途中に登城口があり、登城口から少し登ると居館跡の広い郭…のはずなんですが、倒木に加えて真冬でもシダが生い茂り何が何やら。奥のほうには畝状竪堀群もあるようですが、藪で確認できそうもないので、あきらめて主郭へ向かいます。
主郭東側の石垣を眺めながら進み、主郭と物見郭の間の堀切からまずは物見郭へ。物見郭といっても岩山があるくらいで、木が生い茂っていて眺望は全くきかず。続いてトラロープを伝って主郭へ。主郭も下生えが伸び放題で遺構もろくに確認できず。木々の間からわずかに見える眺望も標高74mでは特に言うほどのこともなく、あとは主郭北西の尾根筋の二重堀切を見たら帰ろう、とあまり期待せずに尾根を降りていったところ、岩盤を掘り抜いた2本目の堀切の深さと状態の良さに、ようやく来た甲斐があったと思うことができました。
真冬でさえこの有様なので、夏場の登城はもっと大変かと思われます。でも、堀切は見事ですし、部分的ながら石垣も見られ、畝状竪堀群もある(はず)など、もう少し整備されればもっと見応えがあるのに…と残念に思う一方、状態の良い城を巡ることができるのは、損得度外視で整備してくれている方々あってのことと改めて実感しました。ありがたや、ありがたや…。
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