千葉県松戸市の小金城です。千葉氏の家老原氏の重臣であった高城氏により1537年築かれたとされ、関東に侵攻した上杉謙信に備え拡張が行われ、1566年上杉方に攻撃・包囲を受けるも籠城、守り切ったとされます。1590年の豊臣秀吉の北条征伐では、北条氏方であったため浅野長政らに攻められ開城。その後、徳川家康の関東移封に伴い、家康五男武田信吉が入城、信吉は1592年下総国佐倉城主に転封、小金城は1593年廃城となっています。城は、標高20m程の丘陵地帯に築かれ、古利根川・中川・荒川流域の低地帯を望み関東平野を一望できる、東西800m南北700mの規模とされ、北に金杉口、南に大谷口、東に達摩口、西に横須賀口など12の郭を備えて、東西に家臣屋敷、南北に寺社を配し当時の下総国北西部において最大規模を誇った平山城とされます。江戸川の水運により城下は市が立ち並び、周辺の本土寺や東漸寺が領主高城氏の保護を受けて城下は栄えていたとされます。現在城跡は、ほぼ全域が住宅地に開発され、城の北側金杉口が大谷口歴史公園として障子堀・畝堀・土塁などの遺構が、公園東側の達磨口跡が残るのみで、本丸跡の北小金住宅団地付近の交差点角に本丸城址碑が置かれています。公園の障子堀などはほとんど埋まってしまっていて残念な状態となっています。城跡は、流鉄流山線小金城址駅と常磐線北小金駅の北側に広がる丘陵地にあり、公園に駐車場がないため北小金駅北口パーキングに駐車し城域を歩くと、丘陵住宅地特有の坂が多く、狭い曲がりや行き止まりが多く迷路のような道路が続き、要害であったことを感じさせる地形となっています。
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