三重県津市の津城です。織田信長の弟信包により1571年より築城がはじめられ1580年五層の天守が造られ完成しています。その後富田氏が城主となり、1600年の関ヶ原の戦いでは西軍の攻撃を受け津の町は火の海となり、天守閣なども焼失したと言われます。1608年藤堂高虎が20万石で入封すると城を大々的に改修、本丸・各曲輪・堀を広げ石垣を高くし、町外れを通っていた伊勢街道を城下引き入れ、城下町も整備しますが、天守閣は再建されませんでした。城は、伊勢湾近郊の伊勢街道が通る交通の要衝であり、南北を安濃川と岩田川に挟まれた要害の地に築かれ、本丸の左右に東の丸と西の丸を置き、内堀で囲み、その回りに二の丸を配置し、外堀で囲んだ平城で、東西・南北約650mの規模とされます。現在城跡は外堀が埋められ大部分が市街化しており、本丸・西の丸の石垣と縮小された内堀、再建された丑寅櫓、藩校正門(入徳門)が移設され、藤堂高虎像が置かれお城公園とし整備されています。
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