寄居駅から徒歩で20分。
土塁と堀が綺麗に残っています。
荒川と深沢川が合流する断崖上にあります。
特徴的な遺構もよく残っています。
100名城スタンプは外郭に隣接する鉢形城歴史館に置いてあります。
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2019/01/27 22:49
2019/01/27 22:46
私の調査が不審でした( ̄▽ ̄;) (2019/01/24 訪問)
「城びと」の地図を頼りに現地へ行ってみるも、遺構も説明書も全くない場所でした(; ̄ー ̄A
郵便局かスーパーFrescoあたり、若しくはマンションあたりか。都で唯一の城郭だったとのことですが、築城したという小泉氏も知りません。三好長慶のことくらいは書いておいてほしかったな。
夜だったので、探してる私が不審者に見えていないか心配になりました(笑)
地名の西院の読みは、現在「さいいん」ですが昔は「さい」だったとも。
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2019/01/27 22:15
少林寺の裏手から (2019/01/26 訪問)
花園城の北西にあり、西の監視を担った城とされています。
少林寺から五百羅漢を見ながら登るとちょっとした広場があり、そこから西の尾根に沿って進みます。
円良田湖方面に階段を降りず、まっすぐ進みます。
山頂は御岳神社となっていて沢山の碑が建っています。
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2019/01/27 22:01
2019/01/27 20:58
掛川城と掛川古城 (2019/01/24 訪問)
現存の御殿、現存移築の太鼓櫓を備え、木造復元の天守と土塀と石垣のコントラストが綺麗な城です
掛川城の前身とも言える掛川古城は朝比奈氏の築城で戦国大名としての今川氏終焉の地でもあります。
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2019/01/27 20:37
山の中の神秘的なお城 (2019/01/25 訪問)
苗木城に続き東美濃の名城へ。駅から続く城下町を通りお城を目指す。朝ドラの舞台にもなった美しい城下町なのだが、平日で、しかも北風か厳しく雪までちらつく天候のためか、人通りは少ない。麓からなかなか険しい山道を登っていく。見所にはQRコード付きの看板があり、読み込むと当時の姿の再現画像が見れる。山頂に着くとまず六段の石垣が出迎える。鬱蒼とした林の中にそびえる複雑に入り組んだ石垣は神秘的で圧巻の一言。しばらく見惚れていたのですが、風と雪が強くなり気温も氷点下に。軽装で来てしまったことを後悔しながら下山。帰りに酒蔵の直営店でお艶の方の伝承にちなんだ日本酒「女城主」をお土産に買ってかえりました。
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2019/01/27 20:15
自然の地形を利用した唯一無二の要害 (2019/01/25 訪問)
前からどうしても行きたかったお城の一つ。中津川駅から最寄りのバス停まで15分くらい、そこから長閑な里と山道を歩いて30分程。頂上まで登るとまずは左手に大矢倉の石垣。山頂には巨大な岩と石垣が組み合わさった見たこともない独特な光景。心踊らせながら山頂まで行くと巨石に足場を組んだ展望台がある。この足場には賛否両論あるみたいだが、山頂の巨石に窪みがあるように築城時から同じように足場を組んで天守を建ててたらしい。そこから見る中津川の風景は絶景の一言。寒波が到来してたため頂上は冷たくて猛烈な風が吹き荒れていたが、そんなの気にならないくらい見入ってしまいました。帰りは裏手の四十八曲がりから下って徒歩で中津川駅へ。期待を裏切らない大満足の体験でした。
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2019/01/27 19:54
おそるべし小幡城 (2019/01/06 訪問)
堀底から見えなかったものが、本丸土塁上から見えました。
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2019/01/27 19:40
西出丸からさらに西の稜線 (2019/01/18 訪問)
西からの国峰城の入り口は、最近ほとんど使われている形跡がありませんが、近年の石造物や半分廃墟の仏堂があります。
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2019/01/27 18:45
優しい城址 (2019/01/27 訪問)
駐車場があり行くまでの案内と城址の中のコース案内がありとてもわかりやすい。また、見所もありますのでおススメです!
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2019/01/27 18:01
密かに建つ石碑 (2019/01/27 訪問)
一度通り過ぎてしまいました、逆から行けば直ぐにわかったんですね。
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2019/01/27 17:58
今切城登城 (2019/01/03 訪問)
篠原神社が跡地
篠原神社は周りより1だん高くなっている‼️
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2019/01/27 17:20
2019/01/27 17:17
民家の中に城址の石碑 (2019/01/27 訪問)
完全に普通の民家の庭に城址の石碑があります、個人で建造した感じです。庭には入らず遠くから撮影しました。
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2019/01/27 16:59
徳島城登城 (2019/01/27 訪問)
久しぶりにいってきた‼️
やっぱり石垣かっこいい‼️
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2019/01/27 16:16
公園にある石碑 (2019/01/27 訪問)
住宅街にある公園入口に城址の石碑があります
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2019/01/27 16:10
城址の石碑 (2019/01/27 訪問)
ゴルフ練習場の駐車場入口に立っています
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2019/01/27 16:10
雪降ったのかよ~(汗) (2019/01/21 訪問)
月曜日に衝動的に出掛けた長野県、本命は松本ではなく諏訪大社でした。
松本駅滞在90分でお城見たあとは茅野駅まで戻り、時短の為にタクシーで諏訪大社上社本宮へ。
参拝後、歩いて上社前宮を参拝後、ここから隣接する干沢城に登る事に。
電車の車窓から近辺が白く見えていた為、まさか雪降ったの?と思いましたが、タクシーの運転手さん曰く、ほんのちょっとだけ降ったとの事だったので、登場には影響なかろうと思ってました。
駄菓子菓子、旧鎌倉街道沿いにある登城口に着いてみると。。。誰も登った形跡が無い為か、他の場所は雪溶けてしまって問題無かったのに、干沢城の道がしっかり雪残ってて・・・
滑る恐怖を味わいながら攻略しました(冷汗)
(注・よゐこはマネしない様にw)
途中道が倒木に遮られる等、登ってはいけないのでは?と思いつつ、次来るの大変だ。。。とケチケチ根性で進みましてw
登城口から一旦大きめの空堀まで進み、左手三の郭・右手二の郭の場所からは主郭方面へ。。。主郭へ向けては段曲輪になってました。
鉄塔のある二の郭まで来てしまえば雪も無くなっていた(日が当たるので雪解けしたと思われ)ので、サクサク見学出来ました。
松本で見てきたお城(松本城はスルー)にはほとんど遺構が無かった為、ここでお城らしいお城を見れてスッキリしました(^ω^;)
干沢城はそれ程高い山でも無いので、登りの疲労は殆どありませんでしたが、雪で滑るのと猪出没エリアということで気にしていた分、メンタルはちょっと疲れたかな~w
ここから武田vs高遠の合戦場・安国寺に寄りつつ最寄り駅・茅野まで歩いて45分くらい(直線距離はは2.5kmくらいですが、川や高速道路を超える必要があって遠回りになる)かかりました。
茅野駅ではレンタサイクルがあるらしいので、それを利用すればもっと効率良く史跡めぐり出来るかもしれません。
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2019/01/27 16:03
説明板 (2019/01/27 訪問)
空堀の所に立っています
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2019/01/27 15:00
戦国の面影を残す山上ノ丸へ。 (2019/01/26 訪問)
山上ノ丸は、吉川経家時代までの城郭を、豊臣秀吉の命で宮部継潤が入城して石垣で固めるなどの大改修を経て、関ヶ原の合戦後に池田長吉が入ってからも改修を加え、現在までに残る縄張となったようです。
戦国期から堅城として広く知られていたようで、それが所謂『鳥取城渇え殺し』につながることとなるのですね…。
山下ノ丸からは約20分の登山です。
八幡宮跡を過ぎてからは結構な険しさの山道が続きます。流石は戦国時代から評判の堅城、易しい筈がありません。加えて雪解けで足元は滑りやすく、ぬかるんでるところもあります。今の季節、特に御用心を。
なお、中腹には宮部時代の石垣や戦国期のものと思しき平坦地、江戸から鳥取を三日三晩往復した伝説を持つ狐様を祀る祠などがあります。
山頂の本丸跡と出丸跡の石垣は、荒々しくも想像以上に立派なものでした。やはり山下ノ丸とは全然違って、どことなく戦闘的な雰囲気を色濃く感じます。
ここからは秀吉本陣の太閤ヶ平跡がある本陣山が目の前に。吉川経家、どんな思いで見てたでしょうね。
本丸跡の大井戸跡は池田長吉時代に3年もの歳月をかけて掘られたのだとか。山城の、しかも本丸の水源となると、その重要性は察して知るべし。関ヶ原後も豊臣はまだ健在なので、このあたり微妙な情勢の中で実戦を想定した緊迫感が伝わります。
天守跡からは、市内はもとより、360度パノラマ遠望です。日本海や砂丘もよく見えます。
ちなみに今残る天守台の上には、宮部継潤が築いた三層の天守が建っていたそうですが、後に三階部分の傷みが激しかったのか、池田長吉によって二層に改められました(おそらく望楼型天守?)。こけら葺きか板葺きで、穴蔵があり付櫓から入る形式だったようです。が、それも後に落雷によって焼失してしまい、以降は再建されることはありませんでした。
ここから太閤ヶ平跡に向かうハイキングコースがあるのですが、今回は時間の都合上断念。一泊二日なら絶対行くんやけどなー…
山下ノ丸へ戻り、復元された城門を潜り、仁風閣へ。
ここは元々、江戸時代後期に藩主の未亡人(この時、まだ17歳だったそうです…)となって落飾した宝隆院を慰めるために建てられた扇御殿のあったところ。
今は美しい庭園と宝隆院が特に愛した化粧の間(宝扇亭)が当時の面影を残しています。
仁風閣もオススメです。大正天皇が皇太子時代に宿泊したことと、『仁風閣』の名付け親が東郷平八郎だとかで有名かと思いますが、明治以降の藩主一家はこちらに居を構えたそうで『扇邸』と呼ばれていたそうです。仁風閣の内部そのものも必見ですが、明治以降の池田家の激動のファミリーヒストリーも紹介されています。
なお、鳥取城の詳細がわかるパンフレットも無料で配布されておりますので、是非ゲットしてみて下さい。
この後、鳥取城の鎮守だった長田神社→池田家菩提寺で庭園が美しい興禅寺→鳥取東照宮→見事な庭園がある観音院→鳥取市歴史博物館を見て、お土産と駅弁のかに寿司(画像撮り忘れた…)を買ってフィニッシュとしました。
鳥取を再発見できた、良い旅でした。
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