よどこじょう

淀古城

京都府京都市

別名 : 藤岡城、淀城
旧国名 : 山城

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todo94

青春18きっぷを使っての攻城② (2026/01/04 訪問)

名古屋に泊を取って、早朝に出発。青春18きっぷの3日目は三重県赤十字血液センターにて無事献血を済ませた後、紀勢本線→関西本線→草津線→東海道本線→奈良線→京阪電鉄のルートでリニューアルした京都競馬場にアクセスし、京都金杯に参戦してきました。勿論、馬券は外しました。レースが終わった後、薬師堂址碑経由で近くの淀古城(妙教寺)に行ってみましたが、「諸事情のため見学お断り」の掲示があったため、境内に立ち入ることは遠慮させていただきました。ということで、近寄っての城址碑の撮影はできませんでした。今回の青春18きっぷを使っての攻城はこれにて終了。世間が仕事始めとなる4日目に苔寺(西芳寺)拝観の予約を取ることができたので、世界遺産登録物件の静寂の世界を十分に味わうことができました。参加者12人のうち、ちょうど半分の6人が外国人観光客でしたが、アジア系の外国人はいませんでした。中国人観光客が来なくなったおかげで、非常に安い金額で京都のホテルに泊まることができたのもラッキーでした。

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POYO58

明智光秀を追う (2025/01/02 訪問)

しんちゃんさん、坂本城についてのコメントと写真、ありがとうございます。いやまさか埋め戻しだなんて… 悲しくてたまりません。明智光秀の石垣を是非とも生で見たかったです… マジで残念😭
ということで、淀古城に行ってきました。淀城から約10分ほどの住宅街の中にあります。遺構はありません!
じゃあなぜいきたかったのかというと、実はこの城山崎の戦いの際に明智光秀が築城した城だからです。明智光秀を物語るものはありませんでした。あるのは神社と標柱だけ。
まあでも歴史的に考えるとこの淀古城が明智光秀の重要拠点になっていたというのはよくわかりました。
また鳥羽伏見の戦い(戊辰戦争)も明治時代初期は当時勃発していたところでもあり、多くの人が亡くなられた様です。
大阪と京都を結ぶ重要な場所であったことも推測されます。

評価★☆☆☆☆

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Tokyobay

戊辰戦争の銃弾の穴がある寺 (2024/01/13 訪問)

戊辰戦争勃発の地から東軍の進軍ルートを逆行する形で旧道を南進し淀古城へ。この周辺も戊辰戦争の激戦地であり、銃弾の穴がある寺として度々TVで取り上げられるが、どこに痕跡があるのかは確認できず。

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妙教寺 (2022/06/04 訪問)

京阪本線淀駅から徒歩約10分くらい、妙教寺の境内に石碑があります。

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城郭情報

分類・構造 平城
天守構造 不明
築城主 畠山政長
築城年 室町時代中期
主な改修者 明智光秀、羽柴秀長
主な城主 薬師寺氏、細川氏、三好氏、金子氏、木村氏
廃城年 文禄3年(1594)
遺構 消滅
再建造物 石碑
住所 京都府京都市伏見区納所北城堀(妙教寺)
問い合わせ先 京都市産業観光局観光部観光企画課
問い合わせ先電話番号 075-222-4130