東京都八王子市にある八王子城です。滝山城を居城としていた北条氏照が1569年北条領に侵攻してきた武田信玄に攻められ三の丸を落とされ落城苦戦した経験から、1570年代に要害の地である八王子に築城したのが始まりとされます。1587年頃豊臣秀吉の北条攻めに備え八王子城に居城を変えたとされます。城は標高460mの深沢山の急峻な山頂に本丸、本丸直下の山頂周囲に松木曲輪、小宮曲輪、中腹に高丸、金子丸、麓に南北40m東西100mの土塁に囲まれた御主殿と呼ばれる城主の館があります。1590年豊臣秀吉の小田原攻めが始まると城主の北条氏照は主力を率いて小田原城に籠城、八王子城には家臣の横地監物が1000の兵と農民・領民・婦女子を含め3000名で籠城。これに対し北国勢の上杉景勝・前田利家の1万5千が攻撃。多勢に無勢で1日で落城したとされます。その後小田原開城により北条氏照は兄氏政とともに切腹。氏照の死の100年後、八王子城の麓に氏照家臣の子孫で水戸藩家老となった中山氏が氏照の供養塔を造っています。当日はJR高尾駅からバスで行きました。土日は八王子城址まで1時間に1本のバスが運行されていますが、時間が合わず約10分毎に走る路線バスで都道61号線沿いの霊園前バス停で降り徒歩15分で城址を訪れました。麓の御主殿は楽に回れましたが、標高460mの本丸までは登山のような急坂の道で、キャラバンシューズ等が望ましいです。本丸は詰めの城のような感じで、本丸下の曲輪は多少の広さはありますが、本丸は物見台程度の小さな広さで城址碑と小さな祠があるのみです。
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