天正11年鱸重愛(鈴木氏)は徳川家康に従って串原・広瀬の城を攻めて功を上げ、領の加増を受けて城を改修しましたが、豊臣秀吉に従わず文禄元年小原を退去させられ、城は破却されたと云われています。
市場城は本城小学校の北西の標高390mの山に築かれています。現在は、城址公園として整備され遊歩道が設置されています。主郭を中心とした大半は石垣造りで主郭内部は食い違い虎口によって副郭になっています。現在の石垣は南側と西側に一部残すのみとなっています。主郭の西側には枡形門の石垣が残り、その北側に畝状竪堀郡が残っています。こじんまりとした城ではありますが、見所満載で十分に満足できる城跡ではあります。石垣・畝状竪堀群・それにさんざ畑と呼ばれる曲輪群は下から見上げる姿が圧巻です。
車で行かれる方は本城小学校を目指し、本城小学校に至る道に遊歩道の入口と駐車場があります。
+ 続きを読む









