本丸は法宣寺の西側にある林の中にあって、周囲を堀が囲んでいます。虎口は南に付いているようだけど直接、堀を渡って入らせていただきました。ネットで縄張りを調べてみると、けっこう複雑な構造をしているみたい。基本的に平城だけど縄張りの複雑さは杉山城を思い出します。西に利根川が流れているので、戦国時代には水を引いて、本丸の北側は水堀になっていたのでしょうか。ますます攻めづらい‥。
しかし、内郭にはどうやって行くんだろう。土橋は無さそうなので、木橋を渡していたのかな?
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2024/12/05 20:44
本丸の周りの堀切や土塁が残る。 (2024/05/06 訪問)
本丸は法宣寺の西側にある林の中にあって、周囲を堀が囲んでいます。虎口は南に付いているようだけど直接、堀を渡って入らせていただきました。ネットで縄張りを調べてみると、けっこう複雑な構造をしているみたい。基本的に平城だけど縄張りの複雑さは杉山城を思い出します。西に利根川が流れているので、戦国時代には水を引いて、本丸の北側は水堀になっていたのでしょうか。ますます攻めづらい‥。
しかし、内郭にはどうやって行くんだろう。土橋は無さそうなので、木橋を渡していたのかな?
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2023/06/08 21:05
技巧的な縄張図に魅せられて初探訪 (2023/05/31 訪問)
今年2月19日のT-Shionoyaさんの投稿写真の縄張り図を見て技巧的で馬出が各曲輪に付いており横矢掛りの角々の折れも素晴らしく是非訪ねたいと、城びとマイページの行ってみたい城一覧に登録してチャンスを待っていました。
今回の孫の運動会観戦に合わせ、山中家範館跡初探訪の後、圏央道久喜白岡JCTより東に一区間の幸手ICを降りて栗橋城跡を訪ねました。
駐車場:栗橋城跡東側に在る法宣寺東山門横参拝者駐車場を利用
案内ガイドは余湖図コレクションさんの縄張俯瞰図、古城盛衰記さん、グーグルマップに依ります。
現在城域は私有地で私宅に成っており見学が容易ではありません、案内板は法宣寺山門から南50m程の所、松本私宅の入り口通路が約西に50m程あり宅地の入り口に堀が樹木に覆われて南北に確認できます、一部土塁も樹間に見る事も出来ますが入り込めません。
入口にお住まいの方がいらっしゃれば声掛けして見学したかったのですが見えられませんでしたので退散。
古城盛衰記さんの案内に法宣寺北駐車場からの登城ルートも記載されていましたので法宣寺塀を東から北へ回り込みましたが駐車場は扉が閉まって入れず、北側の道を西へ権現堂川の川原へ、西から田圃越しに栗橋城跡の西辺を眺める、樹木、草に覆われていおり入り込めそうな道は無い、また川原には土手などの残存土塁を思わせる土の高まりが見受けられる。
余湖図コレクションさんの縄張俯瞰図で、現在の松本家が東外郭、南側に南外郭、北側に北外郭、西側に内郭、主郭が構えて各曲輪間には馬出上の曲輪が控え出角、入角で横矢掛かりが十分に機能してる、七曲の東に現在の法宣寺、権現堂川の河川改修などと農地改修、宅地開発により内郭、主郭、北外郭、南外郭は消滅してるようです、残って居れば素晴らしい中世、戦国の城跡を見る事が出来たでしょう。縄張図を見ただけでも十分興奮します。
今後も大切に残ってる遺構を保存管理して頂きたい。
今後も皆さんの登城投稿を参考に私の体力、脚力に合った城郭を探訪観察を続けたいと思っております。
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2023/02/19 22:58
縄張図に刺激され栗橋城へ (2022/12/31 訪問)
個人的には、北条氏照が関宿城攻めの拠点とした小田原北条氏の支城というイメージがある茨城県五霞町の栗橋城。
ほとんど遺構がない認識でしたが、江戸期に書かれた縄張図に刺激され、昨年末に行ってきました。
今は権現堂川(元渡良瀬川・太日川)の東岸に位置する栗橋城。
河川工事前は対岸まで城郭の一部であったとも伝わり、川は今より西側を流れていたのでしょうか。
いずれにしろ川辺の微高地に築かれた城で、鎌倉街道中道の通り道でもあり、陸路と水運の要衝だったことでしょう。
古河公方設立の1500年代中頃から約100年間、その重臣の野田氏の居城。
その後、北条氏照の手に渡り、改修されたでしょうか。秀吉の小田原征伐後、しばらくして廃城となりました。
現在は北外郭の南部から東外郭付近の遺構を残すのみ。
訪問時は、中まで公開されている雰囲気ではなかったため、法宣寺から七曲りの堀を眺めるに留めました。
堀は写真以上に深く、向こう側(城内)は1段高い印象。
江戸期に描かれた「築城規範」を見ると、各虎口が馬出や桝形で守られた魅力的な城。
その仕掛けを直接見ることはできませんが、残る堀が嘗ての巧妙な城を今に伝えているような...
そんな周辺含め約2時間の栗橋城訪問が、私の城巡りの139城目でした。
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分類・構造 | 平城 |
---|---|
築城主 | 野田右馬助 |
築城年 | 長禄年間(1457〜1460) |
主な改修者 | 北条氏照 |
主な城主 | 野田氏、小笠原秀政 |
廃城年 | 天正18年(1590) |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
再建造物 | 説明板 |
住所 | 茨城県猿島郡五霞町元栗橋地内 |
問い合わせ先 | 五霞町役場 |
問い合わせ先電話番号 | 0280-84-1111 |