なかにいだじょう

中新田城

宮城県加美郡


旧国名 : 陸奥

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志田江川と共に内堀の役目を果たした股川
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ぎりょう

中新田「所」拝領の只野家在郷屋敷を訪ねて (2025/12/13 訪問)

今年が只野真葛(江戸中期の女性文学者・国学者)の没後200年にあたり地元加美町で開催された記念講演に参加しました。 
旧中新田町(現加美町)は戦国期には奥州探題大崎氏の拠点中新田城の城下町、奥州街道が整備される以前も出羽方面への街道が通る宿駅であり、江戸時代には仙台藩の地方知行制の中新田「所」(「城」、「要害」に準ずる要地)が置かれた場所。宝暦7年以降は、真葛が嫁いだ只野家1,200石(家格は着座)の知行地でした。大崎氏の中新田城址は町の北側なのですが、町の南西部に「城内」(現在の地名は旧館)と呼ばれる地域があり、子供心に不思議に感じたものでした。古くからの宿駅で、商業の街として栄えて来た中新田町民には藩政期はともかく、維新の後には只野家の知行地「中新田所」との意識は低かったのでしょうか。
「町史」掲載の只野家在郷屋敷は旧宿場町集落の南西側、鳴瀬川の左岸に位置し、集落とは、田んぼと畑、志田江川、股川で区切られ、東西80間、南北70間(約150m×130m)の居屋敷を中心に南北に家中の侍屋敷40件、足軽屋敷35件が並び建っていました。
北側に表門、南側に裏門を備えた広大な只野家居屋敷跡はすっかり民家となってしまいました。今回は中新田高校正門から南側に延びる家中屋敷街、かつて堀の役目を果たした志田江川や股川、宿場町から居屋敷に繋がる大手道の食い違い虎口に当時を思い描くだけ。気候のよい季節に再確認したいと感じました。

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todo94

ゴールデンウイーク前半・陸前の城めぐり⑪ (2025/04/27 訪問)

城生柵からの転戦です。かなり近くに位置しています。立派な城址碑は、大崎氏の祖である斯波家兼像も建っている八幡神社にあります。大崎氏供養塔もありました。また、長興寺門脇には標柱が建っています。八幡神社の交差点の向こう側には多川稲荷神社があり、拝殿の裏手に土塁が残っています。この後、ちょっと遅めの昼食をとりました。

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ぎりょう

「火伏せの虎舞」発祥の地 (2023/04/29 訪問)

ここ中新田は奥州探題大崎氏の居城があった場所。(城館の詳細は過去の投稿を御覧ください)例年4月29日に行われる初午まつりで披露される郷土芸能「火伏せの虎舞」で名高い。この地域は春先に風が強く大火に襲われることがあり、650年ほど前この地を領していた斯波大崎氏が中国の易経の故事「雲は龍に従い風は虎に従う」にならい虎の威を借りて防火の演舞を行ったことが起源という。現在は町の消防団が保存会をつくり伝承されている。
まつりはコロナ禍で中止が続き4年ぶりの開催となったが、天気にも恵まれて多くの見物客で賑わっていた。

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斯波家兼 (2022/09/22 訪問)

 南北朝時代斯波家兼が築いたとされる城です。跡地である八幡神社に石碑と斯波家兼の像があります。近くに土塁があるとのことでしたが、今回は行っていません。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 斯波家兼
築城年 延元4年〔南朝〕/暦応2年〔北朝〕(1339)
主な城主 大崎氏(斯波氏)、伊達氏
遺構 曲輪、土塁、横堀跡
指定文化財 町史跡(中新田城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 宮城県加美郡加美町北町三番49
問い合わせ先 加美町社会教育課
問い合わせ先電話番号 0229-69-5113