日本100名城

ささやまじょう

篠山城

兵庫県丹波篠山市

別名 : 桐ヶ城

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篠山城
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よっぴー

篠山城に行ってきました (2020/01/04 訪問)

篠山城に行きました。最近、大書院が復元されたようで、中も見れたのでよかったです。堀が二重になっていて、立派でした。    篠山城に行くなら、大書院と歴史美術館と青山歴史村と安間家史料館がすべて入れるチケットがおすすめです。

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むうさん

篠山城 (2020/01/26 訪問)

元々天守の無い城。
石垣がしっかりしてました。

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やなぎぶそん

大書院は見もの (2018/08/25 訪問)

天守台はありますが天守閣が築かれなかった城です。
大書院は見ものです。

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再訪▪城廻りvol.8 篠山城② (1987/03/06 訪問)

再訪▪城廻りvol.8 篠山城②
(昭和57年3月6日訪問▪平成31年4月7日再訪)

現在、篠山城を訪れてみると東側の三の丸に小学校があるだけで、その他は南、西、北側はとても広いオープンスペースとなり、駐車場やデカンショ祭りなどのイベント会場として利用されていますが、何か広大な空き地に少し寂しさを感じます。

これは、これまでの整備計画により、城と関係のない施設を城外移転するという計画に沿って実施されてきたものです。
また、計画当初は本丸にある青山神社や東側の三の丸にある篠山小学校も移転の対象になっていましたが、時代や状況の変化により、民俗資産として、または郷土愛を育んできた場として一番よい在り方を今後検討するというふうに、少しニュアンスが変わってきています。
最近、「お城が遠くなった」と市民からの声もあがるなど跡地の活用面が追いついていないという問題も。

しかし、お城ファンの私たちにとってはとても魅力的な篠山城。武家屋敷や商家群が多く残っているのも魅力の一つ。今後の計画でも、三の丸南側の南廊下門などの整備や大手馬出の整備などが予定されています。

歴史ファン、観光客や市民たちで賑わう篠山城をまた見ることができる日も近いのかもしれません。
三の丸がどのように整備、活用されていくのか楽しみでなりません。

(写真の説明です)
⑪手前の三の丸は篠山中学校のグランド。その先に南馬出の土塁が見えています。

⑫南馬出は完存する遺構ですが、木々が生い茂り土塁はあまりよく観察できませんでした。

⑬天守台には忠魂碑が建っていました。

⑭天守台上の忠魂碑は平成10年に城外移転。二の丸西側石垣上には、大書院と一緒に復元された大広間の屋根が見えています。

⑮左側の馬出内部には旧多紀福祉事務所の建物がありました。右の土橋は廃城後のもの。

⑯土橋は昭和57年に撤去されました。馬出内部の建物も撤去され、ポケットパークになっています。

⑰東馬出の北側の堀。

⑱旧多紀福祉事務所の建物と土塀が撤去されています。

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概要

大坂城での豊臣氏との戦いに備え、徳川家康が天下普請で築いた城。縄張は北東隅に隅欠きのある回の字型で、中心部の本丸と二の丸はすべて高石垣。その外側に内堀・三の丸・外堀を巡らせ、二の丸にある虎口は角馬出と桝形を組み合わせるという、高い防御力で守られていた。儀式の場に使われた大書院が再建されている。

城郭情報

城地種類 平山城
築城年代 慶長14年(1609)
築城者 徳川家康
主要城主 松平(松井)氏、松平(藤井)氏、松平(形原)氏、青山氏
文化財史跡区分 国指定史跡、国選定重要伝統的建造物群保存地区
近年の主な復元・整備 平成12年に大書院復元、平成14年に二の丸御殿庭園開園
天守の現況・形態 天守台のみ残る
主な関連施設 青山歴史村、歴史美術館、武家屋敷安間家史料館
主な遺構 本丸、二の丸、三の丸、天守台、石垣、堀、南馬出、東馬出
住所 兵庫県丹波篠山市北新町他
問い合わせ先 篠山市教育委員会地域文化課
問い合わせ先電話番号 079-552-5792