さかもとじょう

坂元城

宮城県亘理郡

別名 : 坂本城、坂元要害、蓑首城
旧国名 : 陸奥

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空堀
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todo94

蓑首城連続攻城 (2020/04/11 訪問)

この城の直前に訪れた新地城も蓑首城だったのでちょっと混乱してしまいました。坂元神社が本丸ですが、拝殿の後背の大空堀は非常に見応えがありました。三の丸には土塁や城の遺構と伝わる大手門、茶室、戊辰戦争時に武器庫として使用された板倉が残っており、見所の多い城だと思います。東日本大震災で当地に派遣され、それ以降、この城に携わっているという職員さんが池の浚渫、清掃作業をされており城のお話を伺うことができたのもラッキーでした。

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カルビン

現地解説では蓑首城となっております。 (2017/05/04 訪問)

一昨年前のGW特攻で宮城・福島の日本海側のお城攻略に行った際、亘理城→小堤城の次に訪問したのが坂元城。
現地では蓑首城となっていたので、こちらで通させて頂きます。

JR坂元駅から1kmくらい離れた坂元神社と、その北にある坂元小学校の西側を含めたエリアが蓑首城となり、高台にある坂元神社境内が本丸跡地となる模様。
その形状からして、もしかしたら小学校に城域が浸食されてしまったかもしれません。。。

地形の雰囲気はあったものの、土の遺構は見つける事は出来ず。。。もしかしたら坂元神社本殿裏手の林内に空堀があったのかもしれません。(解説版からの予測)


最初蓑首城域は坂元神社のところだけと思っていましたが、車で移動する際丁度小学校の西側を通ったおかげで蓑首城居館区と思われる、土塁や復元門がある場所を偶然発見できました(・ω< )b
主郭からも近く、こちらには駐車場もあり、蓑首城散策する際には駐車場を気にせず散策出来ます。


位置的に亘理城と相馬中村城の間にあるので、まとめて車で訪問されると良いでしょう。

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夏の雪だるま

伊達・相馬氏の境目の城 (2016/05/14 訪問)

宮城県丸森町金山城から東10km程にある坂元町の坂元城(蓑首城)です。伊達氏の重臣亘理氏家臣坂元俊久が従来の居城愛宕山城を相馬氏に攻撃され父隆俊が討死したことから、愛宕山城を廃城とし新たに1572年築いた城です。その後、1591年亘理氏が涌谷城へ転封となったことから坂元氏も亘理氏に従い、その後数氏が城主になった後、大條氏が2千石で城主となり蓑首城と改名、幕末まで続いています。城は陸前浜街道が城下を通り相馬領へつながる交通の要衝で丘陵先端部に本丸、丘陵続きを大空堀で守り、北側山麓に二の丸、三の丸を配し周囲に水堀を巡らし、東西200m南北350mの規模といわれます。現在城址は、本丸が坂元神社、二の丸が坂元小学校などになり、三の丸が内山邸等になっています。門扉がなくなっていますが、内山邸の門として城の大手門が残っています。

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dougen

2018.4.30登城 (2018/04/30 訪問)

新地城から国道6号を北上し、常磐線坂元駅付近で県道44号に入ってすぐの左手に坂元神社があり、坂元城址となりますが、蓑首城の別名があり、城址の標柱や解説板は全てみの首城となっています。
また、新地城も蓑首城の別名があり、非常に紛らわしいので注意が必要です。

なお、坂元小学校の近くに公園があり、駐車場もありますので、公園の駐車場に停めて登城しました。
公園が三の丸にあたり、土塁と大手門が現存しています。
坂元小学校が二の丸跡、坂元神社が本丸跡となっており、藪化のため確認できませんでしたが、空堀の遺構が残っている様です。

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 坂本俊久
築城年 元亀3年(1572)
主な城主 坂本氏、大條氏
廃城年 明治2年(1869)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、門
指定文化財 町史跡
住所 宮城県亘理郡山元町坂元字館下