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todo94

日向三城其の弐 (2019/02/10 訪問)

2013年7月に馬ヶ背、クルスの海を見て回ったときに大御神社にも立ち寄っていました。にもかかわらず、その脇に巨大な城址碑が建っている日知屋城をスルーしてしまっていたとは。遊歩道や案内表示がしっかりと整備されているので、時間をかけて散策を楽しむことができます。海に突き出ている城なので舟付の曲輪なんかもあります。登り龍が見られる鵜戸神社参道入口に堀切があり、西の曲輪になっています。伊勢ヶ浜海水浴場が近くにあるので、オフシーズンの冬がやっぱりお薦めかと思います。日向三城の1つとのことです。

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くろもり

桜の滝山城 (2014/04/05 訪問)

たまたま行った時が滝山城址桜祭りが開催中でした。
滝山城址は5000本の桜が咲く、東京の花見の名所の一つのようです。

中の丸にステージがあり、たくさんの人で賑わっており、桜もここが一番色鮮やかでした。
本丸辺りは祭りの喧騒から離れた人が数人ゆっくりされており、いつもの滝山城の雰囲気でした。

家臣屋敷の南から馬出しの東側の丘陵にかけて、木の高い所に少し色の薄い桜がたくさん咲いており、
色は薄めながらも、さながら桃源郷のような景色で綺麗でした。
花見ができる場所も広く、東京の割にはゆったり過ぎる花見ができる場所なので、かなりおすすめかと思います。土塁に寝転がって花見ができるのも城好きなら幸せを感じるかと。

滝山城は何度も訪れているのですが、周りの人が「こんな素晴らしい所があったんだ」なんて満面の笑顔で語っている様子は初めて見たので、なんだか自分まで嬉しくなり滝山城を後にしました。桜の滝山城お勧めです🌸

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にのまる

本丸御殿と西南隅櫓 (2019/02/09 訪問)

昨年9月に訪問したときに表二之門の外まで行列が出来ていて見学を諦めた本丸御殿。
寒い日の早めの時間を狙って再訪しました。空いていました!
お城EXPO三日目の厳選プログラム、三浦正幸先生の「名古屋城御殿・天守復元の秘密」で御殿見学の視点を教えていただけたので、この日に先延ばしして結果的によかったです。素人目にも格式の高さを感じる金ピカ具合でした。
湯殿と黒書院の見学も15名ずつのツアーにタイミングよく入れました。徐々に味わい深くなっていくであろう木造建築の経年変化をこれから先の人生で(!)味わえたら幸せだろうなぁ…。
西南隅櫓は消防法で中に入れる人数が限られていて、3階は一度に9人しか上がれないのだそうで、番号札を首からぶら下げての見学でした。本丸御殿と対照的な寂びた櫓には心なしか哀愁が漂っていたような。。。

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あきおこ

館ではなく巨大城郭 (2016/07/08 訪問)

最初に造られた時は館だったかもしれないが
どうみても城郭そのものだと思うが…

高い土塁と深く折れを持つ堀、土塁で囲まれた広大な郭面の主郭。
大勢の兵を収容することも可能なくらい広大な城地。

館と城

定義が難しいが

城だと思いますが。

自分が訪れた際は夏場でやや草が茂っていましたが
公園としてよく整備され散策し易かったです。

当然ながら駐車場、トイレも完備で申し分ありませんでした。

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モト

城跡の碑、看板側から入った本丸跡の奥に深い空堀 (2019/01/23 訪問)

城跡へ近づいていくと土塁が見えてきます。
本丸跡の入り口には土橋から左右に広がる空堀がありました。
それもそれでよかったのですが、さらに満足させられたのは本丸跡の奥でした。
深い!
例えるならいわゆる落ちたら怪我で済む?レベルです。
これは見所の1つなのでは。

先程通った本丸跡の入り口にある碑と案内板は個人的には雰囲気があってよかったと思います。
こういう碑と案内板が並んでいるのが好みです。

車をどこに停めるかは場は少々悩みます。
畑の一画の空き地に停めさせていただいて見学しました。

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あきおこ

石垣が残る比企の名城 (2016/07/08 訪問)

関東の山城では珍しい石垣がある城です。

石垣は主に南側の郭に見られ、登城時最初に見れる遺構です。
信濃の城にある石垣の積み方によく似ています。

三の郭の周囲に高さのある石垣が綺麗に残っています。
あくまでも個人的な見解ですが、石垣については石材の大きさから防御面での使用では無く
三の郭と主郭間の堀切を設ける為に岩盤を削った時の余材で、切岸保護の為に用いたのでは無いかと思っています。

主郭と西側の二の郭間の大堀切、二の郭西の折れを持つ横堀と竪堀ど仕切られた食い違い虎口、主郭東の桝形など
技巧的な中世城郭で、比企城郭群の杉山城、菅谷城(館)と共に見学し易く見どころも多い城なので
中世城郭ファンなら充分楽しめる場所だと思います。

各主要遺構に発掘状況などを説明した看板あり。

駐車場は南側の山麓にあります。








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あきおこ

土塁、堀が良好に残る仙台藩が築いた陣屋 (2004/08/12 訪問)

2004年夏にツーリングで訪れました。
蝦夷地の警護の為に築かれた仙台藩の在地陣屋ですが、土塁、堀が良好に残ります。
簡易ながら内桝形もあります。
ただ雄藩の仙台藩が築いたにしては、やや防御力が貧弱の様に思えました。
白老元陣屋資料館がありジオラマが展示してありました。

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まっつん

塀の修復工事中 (2019/02/12 訪問)

土佐岡豊城→阿波徳島城→淡路洲本城→播磨明石城という順番でやって参りました!
明石城といえば、現存する三重櫓の坤櫓と巽櫓がシンボル!
現在、それをつなぐ塀の修復工事中だったので、正直、見栄えはあまり良くなかったかな…(^_^;)
でも、高さ20mもあると言う高石垣の迫力は素晴らしい!
西国の抑えとして、大坂の陣の後に築かれた明石城。高石垣の他にも虎口のつくりも堅固で、力攻めでは落とせそうにない立派なお城でした!

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まっつん

登り石垣を見たい! (2019/02/12 訪問)

「登り石垣」見たさで、土佐岡豊城、阿波徳島城経由で淡路島に渡り、洲本城へ!
登り石垣は、文禄・慶長の役の際に朝鮮半島で日本軍が倭城を築城した際に用いられた手法で、平山城の麓の居館と山頂の本丸を石垣で連結し、敵兵の山腹からの侵入を阻む目的で築かれたもの…らしいですね。
脇坂安治が洲本城を石垣造りの城に改修した際に、朝鮮半島での経験から登り石垣を築かせたのだとか。
西の登り石垣は、「下の城」の跡に建つ洲本税務署の裏から山頂の本丸へと続く道の途中で見ることができます。
問題は東の登り石垣。東の丸付近でGoogle Mapで調べると東の丸のすぐ北側にあると示されていますが、そこに行けるような道はないので、八王子神社から下っていく道の途中から山腹を無理矢理横移動してようやく辿り着けました(^_^;)
東の登り石垣は見れて良かったですけど、急斜面で危なかったので無理しない方がいいと思いました。。
その後で山頂の「天守閣」へ。奇妙な形の「天守閣」はインパクトが強いですが、天守台から見る洲本の町と海の絶景は見る価値大アリです!!
山頂付近まで車で行けるので、本丸周辺と景色だけ見たい人は車で行くと楽ちんだと思います!
築かれた時代が違うので、「上の城」と「下の城」の石垣の違いが面白いと思いました!「上の城」の高石垣は圧巻です!

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太郎

赤穂城へ行ってきました。 (2019/02/10 訪問)

友達と百名城巡りをしています。
今回は赤穂城を訪れました。赤穂城と言えば赤穂浪士 印象が強く百名城に選ばれるような城郭かなと思いながら訪問しましたが、中々どうして5万石程度の大名のお城としては立派なものでした。本丸を中心に復元工事が進んでおり、しかも三の丸も含む城域の中に近代的な建物が無く、往時の姿を自分なりに思い描く事が出来ました。

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カルビン

ただ石垣が囲む城 (2014/05/02 訪問)

お城巡りを始めて、初めてお城だけを見学する為に宿泊行軍したのが2014/5/2~5/3だったのですが、その際に彦根城⇒岐阜城と訪問し、次に立ち寄ったのが岐阜城から比較的近い加納城でした。

その2城を見た後だった為か、加納城が如何にも格落ちに見えてしまいまして・・・
(外周を石垣で囲み、主郭はただ平坦で何も無いとしか)
思えば居館タイプのお城が好きでは無いと思い始めたのは加納城がきっかけだった気がします。

が、当時無知だった為に、石垣自体の工程差や付近を全く散策してなかった事もあり、今は居館タイプはウェルカムなので、改めて見直してみたい場所の1ヶ所です。


加納城からすぐ南東にある済美高校は川手城なので一緒に訪問したいところです。

(加納城から南南西1kmくらいの所には堀久太郎誕生地の上茜部城もありますが、こちらは解説のみで遺構は残ってませんでした)

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そーへー

復興状況を見学 (2019/02/09 訪問)

初投稿です。
震災直後の夏に撮ったものと先日(2/9)に撮ったものを並べてみました。
九州出身者として城だけでなく熊本全体の復興を心より願っております。

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チェブ

クルリにマリヤ。 (2019/02/10 訪問)

千葉県の「大多喜城」の後に「久留里城」に行きました。
道路標識に真里谷、真里の地名が出てきました。
三崎城主の三浦 道寸の嫡男の嫁さんが真里谷氏の娘だったなぁ!
ではっ!と向かいました。
それなら「真里谷城」だろっと言われそうですが「真里谷城」は皆さんの投稿でキャンプ場という事、カルビンさんのように尻もちをつきたくない為、「久留里城」にしました(笑)
実は真里谷をマリヤと読んでいました。マリヤツが正解です。
駐車場から坂道を登ります。無料の杖がありました。「高齢の方は上まで車でどうぞ」の案内。「久留里城」優しさいっぱいです。
舗装道の途中に登山道があります。前日、雪が降っていたので舗装道を行きましたが登山道の方が見どころがあるみたいですよ。
案内板や古戦場跡の説明板、とても丁寧に書いてあり、お城ビギナーも楽しめます。

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平馬

土浦城址(亀城公園) (2019/02/13 訪問)

駅から多少歩くことになりますが、櫓門、東櫓、西櫓、霞門、旧前川口門と見どころがあり東櫓の中には入れます。料金は¥105で市立博物館と共通!人も少なく見学しやすかったです。近くに市立博物館があり模型が展示されていますので当時と見比べてみると楽しいと思います!

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ターカー

冬季間公園内にも入れない (2019/02/11 訪問)

冬季間公園内にも入れないみたい

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にのまる

説明板がうれしい。 (2019/02/03 訪問)

南武線南多摩駅南側です。多摩ニュータウンの開発で現地には説明板があるだけですが、この説明板の中身がなんだかすごかったです。
縄文時代からのいろんなものが発掘されていました。全体図を見ると、城として使われた中世には山頂の主郭から二郭、三郭と南側にあり、それぞれの間の空堀も確認されていました。発掘時の露わになった航空写真も掲載されており、これがこのまま残っていたらすごかったのに…と誰もが思うところだと思いますが、昭和の終わりのバブル期の宅地造成のための発掘ではどうしようもなかったのでしょう。
そういうわけで現地には何もありませんが、稲城市歴史資料室には発掘で出土したものが展示してあり、東京都埋蔵文化センターにはジオラマや復元された「遺跡庭園」があるそうです。このたびは行きませんでしたが、それらを見れば現地の物足りなさを補ってくれそうです。
大丸城のすぐ近くに「城山公園」という大きな公園があり、名前から期待してしまいますが、ここは城跡ではありません。

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todo94

日向三城 (2019/02/10 訪問)

規模の小さな城ですが、日向三城の1つだそうです。説明板に縄張図が載っていて期待を胸に登城を開始したのですが、三の丸は柑橘類の果樹園となっていたので入り込むのを遠慮しました。空堀にも果樹が植えられていて土橋を越えた登城路は草刈がなされていません。二の丸は朽ちた竹が大量に倒れていました。虎口の辺りは踏み込むのが困難です。無理矢理本丸に登って行ったら、石塁に縁取りされた櫓台らしきものがありました。整備すれば、結構見映えがすると思うのですが、もしかしたら私有地なのかもしれません。

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小城小次郎

太田城

備中高松城・忍城と並ぶ日本三大水攻めの舞台も、遺構はすっかり地中に没し、水攻め堤防だけがちょこっと残る。それはそれとして、紀州国造の紀氏が国懸神宮を守るために築いたお城と知ってちょいとびっくり。

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まっつん

緑色片岩の石垣とポケモントレーナー (2019/02/10 訪問)

徳島城を訪れて最初に思ったのは、この石垣の石は変わってるけど、なんて名前の石なんだろう?
阿波の青石と呼ばれる「緑色片岩」を使っているとのことですが、水に濡れている部分なんかは特に青っぽくて、独特の縞模様も綺麗でオシャレだなとおもいました!
あと、城と関係ない話題を。
夕方5時台に訪れたのですが、徳島城博物館付近に人だかりができていたので何かと思ったら、ポケモンGOをされているポケモントレーナーのみなさんでした。僕が城山にある西二の丸→本丸→東二の丸と探検して下山すると誰もいなくなっていました。
果たしてお集まりだったポケモントレーナーの皆さんは、レアなポケモンをゲットできたのでしょうか。

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まっつん

模擬櫓は今月末まで (2019/02/10 訪問)

目的はやっぱり、本丸に相当する山頂の詰に建っている模擬櫓が今月末までの期間限定なので、それを見に行きました!
櫓からの眺望はすばらしく太平洋まで見渡せて、ここに城を築いたことに納得です!
堀や枡形、土塁、石積みなど、模擬櫓以外にも見どころは多かったです!
山城ですが、山頂近くの高知県立歴史民俗資料館のところまで車で行けるので楽ちんでした(^^)
また、歴史民俗資料館から少し坂を下ったところに長宗我部元親の次男・香川親和の墓と伝わる供養塔がありました。

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