日本100名城

ふないじょう

府内城

大分県大分市

別名 : 大分城、荷揚城、白雉城
旧国名 : 豊後

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府内城
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朝田 辰兵衛

【お城川柳】久々のコロナ関連で。 (2021/06/15 訪問)

「PCR 広い曲輪は 好条件」

スタンプは廊下橋で押せます。大手門は閉鎖されています。川柳で詠んだとおり,PCR検査会場で利用されています。
ぴーかるさん,合格おめでとうございます!

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my

今だけ? (2021/06/07 訪問)

現在PCR検査場にするため中に入れない府内城。大手門だけでも写真に納めようとしたところ黒ネコちゃんがすごい威嚇してくる。なんでそこまでと思ったら、石垣の隙間に子猫が2、3匹(^^)ナルホドなるほど、子育て中でしたか。ちょっとほっこり。
内堀の外側を一周したところ、いたるところで鳥やネコが日向ぼっこ…水堀の内側にちょっと幅のある陸地(なんて言うんでしたっけ?)があるからだとは思いますが…
最初は呑気だなあとか今しか見られない光景かもなと思いましたが、徐々に大丈夫なのかな、と不安に。よじ登られたり引っかかれてお城にキズ付いたりしないといいですが。

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ぴーかる

府内城 (2020/11/28 訪問)

【百名城55城目】
<駐車場他>無料駐車場は見当たらず。近隣のコインPあり。
<交通手段>レンタカー

<見所>廊下橋・人質櫓・天守台
<感想>2泊3日豊後国百・続百名城攻城の旅4城目。来城したときは大分城址公園内は現在PCR検査場建設途中の為内堀より中に入ることができず内堀の外を外周するのみとなってしまった。これもご時世致し方なしとあきらめた。それでも堀越しから見える現存の人質櫓・宗門櫓や復元の廊下橋・大手門・複数の櫓が見事で十分堪能するできた。また堀越しからしかわからない、主郭北東面の扇櫓~菱櫓間の角が切ってある事がよくわかった。天守台が間近で見られなかったのは残念だったが、大手門前の鏡石も見れたし、またいつか中をゆっくり見学できる日がくることを祈ってあとにした。

<満足度>★★★☆☆

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昌官忠

「クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇4日間」⑬ (2018/10/23 訪問)

「クラブツーリズム九州7県日本の名城13制覇4日間」の13城目(ラストです)は府内城です。
100名城スタンプは「大手門」で押しました。このツアーで九州100名城のスタンプは全てゲットしました。

水に浮かぶようにつくられた安土・桃山時代のお城で、1597年(慶長2年)に福原直高が築城しました。
江戸時代になるとすぐ竹中重利が増改築を行い、1602年(慶長7年)に完成しています。
熊本(石工)や大阪(大工)、京都伏見(瓦師)から職人を招き、当時の最新技術で築かれたようです。
以上、府内城ウォーキングマップより転記

遺構としては、本丸跡に人質櫓(二重櫓)、宗門櫓(平櫓:写真は撮りましたが、自撮り棒で撮影したものしか残っておらず、自分が写っているので投稿は控えます)が現存し、現在は「大分城址公園」として整備され、3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋が復元されています。攻城時間は45分くらいでした。

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概要

福原直高が大分湾の海際で海を背に築き、竹中重利が大幅に改修。海側の本丸を二の丸・山里丸・三の丸がL字形に囲むような縄張で、それぞれの曲輪は1つの橋で連結されている。現存する建物は宗門櫓と人質櫓のみで、その他の櫓や廊下橋は戦後に再建されたもの。

城郭情報

城地種類 梯郭式平城
築城年代 慶長2年(1597)
築城者 福原直高
主要城主 竹中氏、大給松平氏
文化財史跡区分 県文化財(人質櫓、宗門櫓)、県史跡(府内城跡)、市史跡(府内城跡)
近年の主な復元・整備 竹中重利
天守の現況・形態 型式不明[4重/1602年築/焼失(火災)]
主な関連施設 櫓、門、橋、石碑、説明板
主な遺構 曲輪、石垣、櫓、堀
住所 大分県大分市荷揚町4-36
問い合わせ先 大分市企画部広聴広報課
問い合わせ先電話番号 097-537-5601