みんなの投稿

検索結果・・・「」を含む投稿

姫街道

井伊氏三岳城の支城 (2020/03/13 訪問)

南北朝時代、南朝方の宗良親王を守る井伊氏の士城だ。田沢集落の北にそびえ立つ標高657m、比高420mの城。カーナビでは本城と出る。入り口であろう林道に入ったが、とても乗用車では無理。引き返して麓の田沢地区から散策した。田沢城麓の集落には、「日比平のお堂」や「観音山の庚申様」など、歴史を感じる遺構が多くある。田沢地区には知人宅があり昔はよく遊びに来たが、集落の中は道が細くまるで迷路のようであり、今思えば南北朝時代の雰囲気を感じる事が出来る貴重な地域だ。三岳城と比較して、ずいぶんと高いところにあると麓から眺めていると感じるが、三岳城も標高467m、比高は430mと田沢城より高い。三岳神社まで車で行く事が可能で、本丸までの登山道も整備されているからであろう。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カルビン

体調考慮し麓だけ (2015/05/23 訪問)

上杉景勝関連の史跡を訪問すべく日帰りで南魚沼を訪問致しました。

最初に上杉景勝誕生地とされる樺沢城を見学したものの、樺沢城で足の裏を痛めてしまいまして(苦笑)

次に上杉景勝と直江兼続が幼少期に学びの地とした雲洞庵を見学した次にこの日の本命・景勝の実父の長尾政景が城主だった坂戸城に立ち寄る事にしたのですが。。。
坂戸城って麓から山頂まで1時間と言われる登山が必要なんですよね。。。

当時山城馴れしていたので自信あったものの、流石にこの時の足の状態では微妙だった事と、帰りの長距離運転もあって安全を見て麓の石垣だけ見て戻る事にしました。

といってもこの石垣だけでもお城として十分見応えありますし、麓には長尾政景や上杉景勝の墓所、直江兼続の供養塔のある龍言寺跡も見れれます。
また川沿いにも坂戸城の内堀跡もあったので、取り急ぎの確認した事で坂戸城一応行った事にさせて頂きました。


2014年から2015年にかけて、歩きすぎて足裏の皮が剥けてしまって足痛めた回数多いですw
今なら足裏痛める前に足攣ると思いますが・・・皆様も足のメンテナンスをしっかり行ってお城見学しましょう(汗)

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

街道おじさん

福岡城登城 (2020/03/09 訪問)

新型コロナのさなかに本日より城めぐりを実施。
まず第一弾は福岡城。
さすが黒田藩のお城。規模の大きさを実感。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

木曽義仲軍の四天王の一人 (2020/03/07 訪問)

正法寺を中心として長野県史跡に指定されていますが、遺構はないようです。木曽義仲の軍の四天王の一人・根井行親の館跡で、根井行親の供養塔と伝わる石塔が正法寺に建っています。

+ 続きを読む

織田晃司

高知屈指の山城 (2020/03/07 訪問)

詰ノ段と西詰ノ段の2つの主郭があるような縄張り。
間に横たわる巨大な堀切。
迷路のような竪堀と横堀の組み合わせ。
全て見るにはかなり時間が必要です。

+ 続きを読む

織田晃司

龍馬さんと桂浜 (2020/03/07 訪問)

だけじゃない!

観光地化で遺構の大半がなくなってますが
主郭(御詰ノ段)に移築復元石垣があり、西側城郭には3条の堀切。さらに最近発見された畝状竪堀があります。

+ 続きを読む

貴ハリケーン

掛川城 (2019/02/22 訪問)

御城印を
入手!

+ 続きを読む

カズサン

老体には急峻な登城路あとは胸躍る山城 (2016/03/23 訪問)

 浜松より1号線バイパスを飛ばして清水区蒲原城を終えて西に戻り丸子宿に聳える丸子城を初登城。

 国道1号線バイパス沿いに体験工房駿府匠宿が在り同所の有料駐車場を利用(丸子路ガイドマップを駐車場の方に頂く)、匠宿内のおもしろ体験館の壁に丸子城指示の案内看板が有り指示に従って行くと急峻な階段登城路。
 北の登城路から東尾根に出るまでが大変キツイ神社の祠に着けば後は平坦な城域に東から入る、駐屯地7曲輪過ぎると尾根を進み丸子城見どころの三日月堀が6曲輪下に存在感あり、後は曲輪が連なり余湖図コレクションさんの俯瞰図に依れば5、4、3、2、本曲輪、4曲輪から本曲輪北側下に横堀が連なり丸馬出が要所に在る様ですが下まで降りて確認はしてません、曲輪間には虎口と堀で土塁で構えてます。
 一人静かな探訪でしたがガサガサと音がして構えましたが丸子城でウォーキングしてる方でした若干会話して探訪継続、樹木は杉等鬱蒼としてますが歩きやすく成ってます。
 横堀、虎口、土塁、曲輪、馬出と色々山城の構成部位に出会い楽しい探訪です、急峻な登城路さえ無ければと思い来た登城路をゆっくりこけない様にと下城。

 西の備え駿府を守る今川の山城、武田との攻防で武田の城、武田の大改修、徳川との攻防で徳川の城へ、武田氏の改修、徳川氏の改修を経て今日に至ってるのでしょうか?

 日帰り蒲原城、丸子城探訪でしたが今回は足腰にキツイ山城廻りでした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

草刈りされてました(^-^) (2020/03/01 訪問)

2019年1月にイオさんが登城されたおりには城散策に適した冬にもかかわらず、シダがぼうぼうに繁っていて遺構が見辛かったとのこと。約1年後の今回、訪問するとほぼ城域全体が草刈りしてあり、東側斜面の畝状竪堀も見ることができました。
本郭に登る急斜面には、トラロープで、道が示されてました。頑張ってくれてます。
イオさんレポートの通り、北西尾根筋の堀切は見ごたえがあります。この辺りは、流紋岩質凝灰岩が多く、岩盤が加工しやすい。
赤木城から丸山千枚田を経て、京城に行きました。観光案内パンフレットに、「豊織期の築城ノウハウを詰め込んだ赤木城と地元豪族の京城を比べてみては?」と紹介されてました。よいですなあ。

+ 続きを読む

カズサン

北に富士南に駿河湾景勝の城です (2016/03/23 訪問)

 大河ドラマ真田丸の年真田郷に脚を伸ばしましたがまだ静岡に未踏の城が残ってると蒲原宿北の山稜に在る蒲原城を初登城。
 
 当日朝国道1号線バイパスを東行、清水過ぎから1号線由比から蒲原宿、宿場町の風情が残ってます、国鉄蒲原駅手前善福寺入口交差点を北入る、ナビの蒲原城目的地が北上の坂道を走行すると南に成り、道を間違えたかと行ったり来たり近くの公園駐車場へ停め辺りを見渡し西山手が城の様子、来た道の西側に大きく立派な看板が目に入りました「駿河国蒲原城」と縦書き、その手前に専用駐車場有り。

 看板の所から登城路案内に従い登城、城内ガイドは余湖図コレクションさんの俯瞰図、城域東側の登城道を一気に1の曲輪、桜はまだ早く前面南は駿河湾が見下ろせ、北に振り返ると雪を被った富士山これだけで絵に成ります絶景景勝地です、1の曲輪には神社鎮座ぐるっと回り2の曲輪には行かず、降って1の曲輪北下の善福寺曲輪へ間に大堀切、腰巻石垣が見られる、周囲土塁、物見矢倉、コンクリ着色の逆茂木、曲輪を降りて堀切を通り西下に在る帯曲輪、これが西から北、東と延びてる、北側に腰巻石垣が見られる、北には小さな曲輪、土塁が散見される。
 富士山、駿河湾の写真を撮ったのですが霞が掛り掲載には不鮮明で今回無し。
 草刈りもされ保存整備管理が良くされて居り保存会、市文化財課?の頑張りが大変ありがたい。

 歴史は今川氏北条氏武田氏徳川氏の抗争に明け暮れ富士川の近くですから武田氏が富士川に沿って侵攻して来る様は必然かも、最終的には徳川氏へ。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

依田信蕃戦死の地 (2020/03/07 訪問)

皆さん投稿されているとおり、駐車場所には難儀しました。三社権現の奥が主郭、三社権現の辺りが二の丸、そして手前が三の丸。三日月堀の標柱が立っていますが、埋め戻されています。天正壬午の乱で多大な戦功を挙げた依田信蕃は岩尾城攻めで戦死しています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

にのまる

御主殿まわり (2020/02/24 訪問)

<前回の続き>
 勢いで富士見台まで行ってしまったばかりに、めんどくさいことになってしまいました。
  富士見台→詰の城…約20分
  詰の城→本丸…約20分
  本丸→登城口…約20分
1時間かけて下山です。
さすがに歩くのにも飽きてきました”(-“”-)”
が、下りるしかないのでがんばって下山し、麓のガイドさんに無事帰還を報告。一か月前に来たときに入れず、気になっていたアシダ曲輪の辺りのことを伺うと、通行禁止になっているのは台風19号のためではなく、私有地のため個人で入るのは遠慮してもらっているとのこと。ガイドさんと一緒であれば見学可能とのことだったので案内していただきました。土塁がしっかり残っていて、三段曲輪の遺構がよくわかりました。
 そしてこれだけは外せない、20年ぶりに露出したという石垣の場所を伺うと「こんなリクエストは初めて」と、とても親切に丁寧に教えてくださいました。御主殿の滝の石碑があるところで隅石がしっかり見えていて、石碑の後ろの土塁から繋がって主殿の方に曲がり、分厚い壁のように遮断されていたということがよくわかる、ポイントとなる石でした。滝に降りてみるとさらにわかりやすかったです。
 拡張された坂から御主殿に入ったところでガイドさんとはお別れ。許可(?)をもらい見に行ったところは…写真のみでご報告。この日いちばんのバリ萌え石垣でした!
 ひととおり見学し終わって最後に北条氏照と家臣の墓所に寄りました。車道から脇道に入って徒歩3分と書いてあったのにまさかの石段登り。でも、城内を存分に歩き回らせていただいたお礼を氏照さんに言えてよかったです。結局、計4時間歩き回って約18,000歩。160階分登ったのでヘロヘロで、この日はバーターなしでした。
 まだ太鼓曲輪の方に行っていないし、登るのに夢中で見逃しているところもたくさんあるはず。なので、もうしばらく通いたいと思います。そしてこのお城が辿った悲しい歴史に思いを馳せつつ、いろいろなことを理解できればよいなと思っております。

☆朝田 辰兵衛さん、ご無事で何よりです☆

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

小城小次郎

金石城

復元された大手櫓門は上層の破風が正面を向く特異な形で実に堂々としており、実際に天守代用の櫓としても位置付けられていたのだとか(横から見るとちょっとかっこ悪いのだけれども)。

+ 続きを読む

姫街道

謎の城 遠州朝比奈城 (2020/03/11 訪問)

今川家家臣の朝比奈氏は、駿河朝比奈氏と遠江朝比奈氏に分かれており、今川義元の時代に活躍したのは、以前行った岡部町の朝比奈城主朝比奈氏である。遠江朝比奈氏は、掛川城主であり、今川氏真が駆け込んだ掛川城で家康によって5ケ月間包囲され、今川家滅亡時まで仕えた重臣であったが、その朝比奈氏とこの朝比奈城が関与してるか否かは謎。
むしろ高天神城主の小笠原氏家臣の曽根氏居城である方がしっくりくる。さて、朝比奈城周辺の他の城は、高天神城を巡る戦いの武田方の支城として、さらには塩の道を抑える要所として点在しており、遺構もよく整備されていて見所も多いが、なぜか朝比奈城は案内看板もなく、ここら辺だろうと思われる箇所をさまよって終わった。ただ、朝比奈川沿いにある河岸段丘を活かした城である事、高天神城の支城であったであろう事は理解出来た。少し消化不良の為、近くの釜原城などにも登城した。
この近辺は、城を構えるに、河岸段丘だけでなく断層帯も利用してたのではないかと思われる所もあり、見所が多い。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

姫街道

塩の道にある陸路・水路の要所 (2020/03/11 訪問)

高田屋敷は、鎌倉時代に建てられた御家人内田氏の居宅で菊川水系のど真ん中に  
90m✖️70mの周囲を堀と菊川で囲まれた大屋敷である。興味深いのは、この地方は魅力的な菊川水系の河岸段丘がいくらでもあるなかで、この地に大屋敷を築いたかである。
隣に歴史ある古川神社があり、よく見ると塩の道の標識が小さく立っている。きっと、陸路・水路共に塩運搬の関所のような役割をを担っていたのではないかと想像する。
菊川水系から御前崎にかけて、塩の道沿いに魅力的な城がいっぱいある。
古来、塩で栄えたからとも、高天神城の戦いに備えたとも思われ、魅力的な地域である。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

織田晃司

筆山公園 (2020/03/07 訪問)

筆山(ひつざん)公園が潮江城となります。
公園化してますが遺構も僅かながら残ってますし、なんと言っても高知では珍しい畝状竪堀のある城です。

+ 続きを読む

カルビン

女子高大率高い北条氏のお城 (2014/09/20 訪問)

関東近郊には現代の男性陣には難攻不落なお城・史跡が複数あります。
相模台古戦場(千葉県松戸・聖徳大学内に碑石)、蒔田城跡(神奈川県蒔田・英和学園入口に解説)と遺構は残っていないものの両方とも女学院が跡地になってまして。。。両方とも見学に冷や汗ものでしたww
(幸い双方ともその場でアポ取れたので(ーωー;A)

ここ玉繩城跡地も同様に清泉女学院になっており、攻略難易度は超がつく難所となっております。
(事前に玉繩城関連施設に電話予約すれば日程指定で学園内の史跡を見学出来るとの事・・・当時の事なので現在は要確認です)

なので突発で訪問した自分は中に入れるわけもなく、事前情報で確認していた「七曲り」、「龍宝寺」(玉繩北条氏菩提寺)、「玉繩首塚」、「ふるさと館」(資料館)、「城碑」、「太鼓櫓跡」を見学。

こと城碑に関しては周辺にある地図をもってしてもとても判り辛い場所にある為要注意です。
(七曲りの上の住宅内、案内の無い私有地の庭へ向かうと思われる細いコンクリートの階段の上にあった・・・あれ酷いわw)


学園内にはちょっとリアル遺構が残っているとの事なので、いつか事前連絡して玉繩城見学コンプリートしたいと思います。

んで、折角玉繩城見学されるのであれば、ここから南西にある二伝寺が玉繩城の出砦跡(解説のみ残る)ので、一緒に見るのもオススメです。
但し(村岡城もセットで見る事になると思われ)歩く距離が半端無くなるのでご注意を。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぴーかる

波多野秀治 (2020/02/11 訪問)

【八上城】
<駐車場他>登城口の春日神社前に15台程度の無料駐車場あり。
<交通手段>車

<見所>竪掘・曲輪・主郭の石垣
<感想>日帰り光秀丹波攻城の旅4城目。この旅のメイン、丹波の有力国人波多野氏の本城攻めを行った。大河ドラマの影響で来城者がそこそこいたので、トラブルがあっても大丈夫、心置きなく攻めることができた。春日神社入口の道路脇に説明板と縄張り図があるので参考にされると良いです。
 かつてはすぐ西にある支城の法光寺城も含めて全山要塞化されていたと思うが、今の登城道は山頂付近までは2・3の曲輪と所々に竪掘りが見られるのみで大規模な遺構は見られない。
 添付写真の縄張り図にある右衛門丸跡辺りから城跡が見られる。主郭部は細長い楕円形で、主郭部のみおそらく光秀時代に大規模改修を行ったあろう石垣が主郭を取巻いていた遺構が見られた。主郭の曲輪群から南東へ下ると谷底の朝路池という水の手を中心とした伝蔵屋敷・番所等の曲輪群がある。ここの大竪掘りは見応えあった。
 これにてこの旅終了、丹波三大山城(八木城・黒井城・八上城)をすべて制覇!天候の良い日で心地よく4城登山出来ました。走行距離194㎞無事走破。そして城びとの城、200城訪城達成(*^^)vv

<満足度>◆◆◆

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

真田丸放映の年初登城Ⅱ (2016/03/21 訪問)

 NHK大河ドラマ真田丸の年、真田本城を終えて真田氏館初登城。
 車は先ほどの真田氏歴史館専用駐車場へ歴史館は見学し終えてるので歴史館から出陣広場、館土塁東側を見ながら東門から入る、方形の中世武家屋敷跡の形に成って居り周囲を土塁が囲ってる、結構広い館跡です。
 内部は皇太神社、東から段が有り西に低く成ってる、南側の西よりに大手虎口が在る、虎口を出て館土塁南側を西から東に散策探訪し今回の城廻り終了。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

真田丸放映の年初登城 (2016/03/21 訪問)

 NHK大河ドラマ真田丸が放映された年、1月中旬には大阪の真田丸跡及び周辺を散策探訪し雪の心配が無くなった時期を狙って浜松から地道国道151号線新野峠を越え途中に南信州吉岡城、鈴岡城、松尾城、荒砥城と攻城し今回目的の真田郷へ、最初に真田氏歴史館に寄り情報収集と開催の真田丸を見学し真田本城へ初登城。

 真田歴史館から北東に1km程のところを山手に村中を500m程、要所要所案内、幟がはためいてる、舗装された真新しい坂道を登ると専用駐車場有り、マイクロバスで上田城とその当時は循環してました、駐車場からは平坦な道で城域に登城。

 広場から北に1郭虎口東西に高土塁、1郭、2郭、3郭北端と連郭式各曲輪間には堀切と段差が有ったようですが堀は埋まった様な状態、途中に切岸、石積、虎口が見られるがこじんまりした城郭で真田氏の初期はこんな物かと思ったりしたり、北の山々はまだ雪に覆われ、南側には真田郷を見下ろせ春の陽気、眺望は素晴らしい、大河の時期多くの方が見えてました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ページ1629