和泉砂岩の産地を見たくて、加太の城ヶ崎に寄って来ました。この地域の地層は和泉層群と呼ばれ、泥岩と砂岩が交互に積み重なって出来た、白亜系の典型的な砂岩泥岩互層となっているようです。ただ、この日は天候も悪く、車を留める場所も無く、潮も満ちて来ていたのでタイミングが悪いと思い、県道65号によって分断された丘陵の断面の確認で済ませました。
断面を見ると確かに和泉砂岩です。見た目に脆そうだけど、こういった石をせっせと切り出して岸和田城や和歌山城に使っているようです。和泉砂岩とはいえ産地は広く、阿波や淡路でも採取できます。
撫養城は地元で採取された撫養石を使用しており、神社の裏の石積みがそうだったと思います。洲本城は西の丸に和泉砂岩の採取場があるようですが、去年訪れた時には立ち入り禁止になっていました。
叶堂城は感応寺の移転の際に、かつての石垣は失われ一部が積み直され残っているようです。遺構が消滅する前に製作された資料には石材の記載が無いですが、資料を見た限りでは、地元で取れた和泉砂岩で間違いないと思います。何せボロボロですので。
資料の使用許可ももらっているので、またいずれ叶堂城にかかわる投稿もしたいと思っています。
後半の写真は雑賀崎台場の写真の残りです。周辺で豊富にとれる緑泥片岩を石垣に利用しており、ここで採取される石は和歌山城の主要部に多用されています。
+ 続きを読む