稲垣北城(城びと未登録 三重県津市)から稲垣城道標に戻り、今度は南側に回ります。しばらくすると、稲垣城(城びと未登録 三重県津市)に着きました。
1529年(享禄2年)に北畠氏から稲垣の地を与えられた川原田相模守実秀によって築かれたと云われています。
1584年(天正12年)実秀の子隆秀が城主であったとき蒲生氏郷によって攻められ落城、隆秀は山田野に逃れました。
その後、氏郷に内応していた岡村修理亮、その子・修理允が居城したが、天正年間(1573年~1592年)長野左京進と争い、自害したようです。
稲垣城はいくつかの小さな郭で構成されており、各郭間に堀切がありました。
主郭は高土塁で囲まれ東中央に虎口があり、郭2と土橋でに繋がっています。
主郭の西背後と東側(郭2との間)、郭2の西側にも堀切がありました。
攻城時間は15分くらいでした。次の攻城先=稲垣西城(城びと未登録 三重県津市)へ徒歩で向かいました。
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