舟ヶ谷の城山は新野地区の平野部に伸びた牧之原台地の支稜の先端に築かれており東西にも支稜が伸びています。新野地区は谷間となっていて新野川が流れており、舟ヶ谷の城山は要害の地に築かれているといって良いでしょう。
残念ながら本曲輪は採土によって消滅していますが登城道から1号堀切~7号堀切と遺構が連続し、いずれも状態は良いです。大きな曲輪は残っていませんが堀切を楽しみながら北曲輪まで行くことが出来、土の城の教材としても活用できる良い城跡です。
城びとの城は3000も有るのですが、その中に入っていない良い城がゴマンと有ることを考えると、逆に3000しかないのか‥とも思ってしまいます。静岡県も武田・徳川・今川・北条と四大勢力が競い合っていた立地条件なので良い土の城がたくさんあります。
城主の新野左馬助親矩は井伊直虎の母・千賀(祐椿尼)の兄とされ虎松(井伊直政)の命の恩人として知られています(詳細は次回で)。大河ドラマ「おんな城主直虎」では大ジジ様の存在感が大きかったので印象は少し薄いですが覚えておられる方も多いと思います。
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