福岡県那珂川市にある岩門城(龍神山城)は、二度に渡る元寇(文永・弘安の役)で二度とも総大将を務め、九州の御家人たちを束ねて見事に勝利へ導いた、あの「小弐景資(しょうにかげすけ)」の居城です。
景資は、太宰小弐である父「小弐資能(すけよし)」(武藤氏から小弐氏と改名した初代)の二男として大宰府で生まれます。弘安の役の翌1282年、再びフビライに三度目の侵攻の兆しが見えたため、もしも防塁が突破された時に備え、自ら標高192mの龍神山の地に岩門城を築城し、ここを居城としたようです。
国道385号線山田交差点そばの、「裂田溝公園」(トイレ自販機あり)の駐車場に駐車し、まず岩門城を見上げました(写真①)。ここから山頂の本曲輪まで徒歩50分です。左の溝沿いを行き、右に曲がりまた左へ曲がり(標識あり)、まっすぐ登ると高津神社下です(写真②③)。軽自動車やバイクの方は、そこまで上がれそうです。
(写真③)右の神社の鳥居をくぐって急な階段を登ってもいいですが、私は左の落葉の上がきれいで楽そうに見えたので、左から登りました(写真④)。でも落葉の道はすぐそこまでで、右に折れると結局は急な傾斜が始まりました(写真⑤)。しかし三瀬城と異なりこの先落葉はなく踏ん張れたので、きついですが歩きやすかったです。
途中、高津神社からとの合流点がありました(写真⑥)。さらに登ると茶臼岩がありました(写真⑦)。こんな岩の上から矢を射掛けられたらたまりませんね! しかも回りは深い竪堀があり、やられたら一気に滑り落ちそうです(笑)。さらにその先は三の曲輪(写真⑧)、二の曲輪(写真⑨)、本曲輪(写真⑩)、北の曲輪と続きます。曲輪の間は大きな堀切で仕切られていました。これは攻めづらい城だと感じました。そしてやっと本曲輪へ到着です。
その先、岩門城②へ続きます。
P.S 高津神社下からのルートとは別に、車で背後(葬祭場)手前の石像前に車を止め尾根沿いの高低差なしの徒歩20分で楽に行けるルートもあります。写真②の赤ルートです。満足度はいまいちだったので、私は神社下から苦労して登るルートをオススメします(笑)。
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