阿弖流為への関心から始めた蝦夷征討の拠点、古代城柵訪問ですが、今回は石巻市に。蝦夷と朝廷の三十八年争乱発端の場所、桃生城を訪問しました。この城は8世紀半ば、陸奥按察使兼鎮守府将軍の藤原朝狩が造営した城柵ですが、宝亀5年(774)に海道蝦夷に攻められ西郭が破られる事件が起きます。この襲撃事件を発端にその後三十八年間に及ぶ蝦夷と朝廷の争乱が続くことになります。
先ずは石巻市博物館で桃生城のジオラマを見学して桃生城跡へ。標高約65mほどの丘陵地に築かれ、東西1000m、南北650mの規模だったそうです。城の中心部近くまでは、麓の新田交流会館から民家の脇を通り車で登れます。かつて発掘調査が行われた場所も、私有地なのか現在は林となっており、政庁跡もほぼ自然地形に見えます。かつては外周を築地塀や木材塀を巡らせた城柵跡に立ち、遥かな昔に思いを馳せることができました。
石巻市飯野中山60-1 三陸自動車道河北ICより15分 政庁跡への登り口脇に車2台程の駐車スペースあり
+ 続きを読む