近代関ヶ原研究の祖・神谷道一翁が明治25年(1892)に発表した「関原合戦図示」には笹尾山に石田三成の陣が有ったとされており、現在も同じ場所に「石田三成陣地」の石碑が建っています。石田三成陣地は関ヶ原古戦場の「附(つけたり)」として国の史跡に指定されています。
また石田三成陣の麓には島左近陣地の案内板があり、のぼりも立っています。
「関原合戦図示」はいわゆる江戸時代の編纂物(二次史料)を元に製作されたとされますが、道一翁が岐阜県知事の小崎利準から依頼を受けた時の年齢を66歳として、それから数年間 自らの足で現地調査を行い、限られた条件で道一翁なりに関ヶ原に向かい合った力作だとおもいます。石田三成陣地から南東に100mほどの地点に関ヶ原古戦場決戦地の大きな石碑が立っています。
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