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しんちゃん

史跡関ヶ原古戦場 決戦地・島左近陣地 (2024/03/30 訪問)

近代関ヶ原研究の祖・神谷道一翁が明治25年(1892)に発表した「関原合戦図示」には笹尾山に石田三成の陣が有ったとされており、現在も同じ場所に「石田三成陣地」の石碑が建っています。石田三成陣地は関ヶ原古戦場の「附(つけたり)」として国の史跡に指定されています。
また石田三成陣の麓には島左近陣地の案内板があり、のぼりも立っています。
「関原合戦図示」はいわゆる江戸時代の編纂物(二次史料)を元に製作されたとされますが、道一翁が岐阜県知事の小崎利準から依頼を受けた時の年齢を66歳として、それから数年間 自らの足で現地調査を行い、限られた条件で道一翁なりに関ヶ原に向かい合った力作だとおもいます。石田三成陣地から南東に100mほどの地点に関ヶ原古戦場決戦地の大きな石碑が立っています。

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しんちゃん

宇喜多秀家陣 関ヶ原町 (2024/03/30 訪問)

近代関ヶ原研究の祖・神谷道一翁(1823-1904)によって明治25年(1892)に発表された「関原合戦図示」には関ヶ原の戦いの進捗によって第一号図~第八号図まで八枚の図示が載せられており、第一号図には家康が桃配山の到着した時の、合戦の最初の布陣が記されています。「関原合戦図示」の発表の翌年に、陸軍参謀本部より「日本戦史関原役」の初版がされており、現在の関ヶ原の案内板の配置は、この「日本戦史関原役」の中にある「関ヶ原合戦図」を元にしているとされています。
静岡大学名誉教授の小和田教授の話では「日本戦史関原役」「関ヶ原合戦図」は神谷道一翁の「関原合戦図示」を参考にしているとのことですが、実はある部分において大きな差異があります。神谷道一翁の発表の翌年という異様ともいえる早さでの発表になるわけですが、その短期間にある思惑によって変更を加えたと見るべきでしょう。
神谷道一翁は南天満山周辺に宇喜多(浮田)秀家の陣所を比定していますが、それは現在でも引き継がれています。「関原合戦図示」に関しては神谷道一翁が逝去されてから140年が経過していることから、参考資料として掲載させていただいています。
貴重な書物ですが国立公文書館のデータベースに登録されているので、ログインすればダウンロードして内容を確認することが可能です。ちなみに城郭大系も同様に閲覧したりダウンロードすることが可能です。

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しんちゃん

龍眼山城 駿河湾 (2022/12/03 訪問)

静岡県牧之原市の龍眼山城の投稿になります。城址は榛原公園になっていて、登城道を登って行くと程なく主郭にたどり着きます。比高は70mほどで、平山城とも山城とも言い切れない微妙な立地です。主郭には展望台があり、太平洋を俯瞰できます。主郭の北西には二の郭があり、二の郭の北端には二重の堀があるようです。
一般には勝間田氏の属城とされているようですが、構造が滝境城に類似していることから、小山城と滝境城を繋ぐ城として武田方に整備されたと見る向きもあるようです(城郭大系より)。余ったスペースに当日撮った駿河湾の写真を載せさせていただきます。

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シェル

城跡は駅近!! 移築表門もお忘れなく (2024/01/23 訪問)

 JR水戸線 宍戸駅から徒歩3分ほどで到着。(常磐線と水戸線の乗り換え駅のJR友部駅からは徒歩20分ほど)
 宍戸駅前の踏切を南に進むと、「旧陣屋」と書かれた看板があり、そのそばに土塁が残っています。土塁そばに宍戸の歴史に関する説明板が設置され、土塁の上には末廣稲荷神社が鎮座しています。
 また末廣稲荷神社から南へ進み、友部駅の方へ向かう市道沿いにも土塁が残存しています。
 周辺には、旧宍戸町役場を改装した笠間市歴史民俗資料館があり、宍戸藩関係の展示も行われています。資料館の建物は国登録有形文化財になっています。
 また宍戸城の表門は笠間市土師地区の県道30号沿いに移築されています。
表門へは、JR常磐線 岩間駅から徒歩45分ほどかけて向かいました。別の行き方としては、友部駅から茨城交通の「旭台団地経由水戸駅行」または「旭台循環」のバスで、「住吉団地入口・友部スクエア」下車。そこから徒歩30分ほどです。
 表門は茨城県指定文化財になっており、門のそばに説明板も設置されています。
 移築門の前を通る県道30号は、車の交通量が多く道幅も狭いので、見学される際は、十分注意して下さい。

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イオ

ニジゲンノモリで城めぐり? (2024/08/04 訪問)

テーマパークの城めぐり? 第3弾は、ニジゲンノモリ・ドラゴンクエストアイランドのオノコガルド城と魔王城です。本格的な造りだったホグワーツ城(USJ)やシンデレラ城(TDL)などと異なり、いかにも張りぼてっぽい造りが、かえってドット絵当時のドラクエを彷彿とさせます(笑)

屋外型フィールドRPGアトラクションと銘打っているとおり、オノコガルド城で王様から依頼を受けて冒険が始まり、オノコガルドの町や北の森、勇者の丘などを歩き回ってイベントをクリアしながら冒険を進めていきますが、全部自力でクリアしてやるぜ、と意気込んでいたのも束の間、最初のお使いイベントで詰まってしまい、占い師にヒントをもらって何とか続行…。その後は詰まることなく魔王城(写真撮り忘れました…)にたどり着き、ラスボス戦は予想通りの展開ながら大いに盛り上がりました。ドラクエ世代であり、今も城めぐりのお供にドラクエウォークをしている身としては、子ども以上に楽しんでしまいました。

…などというネタ投稿をするのも、本圀寺(真っ当な城でいえば彦根城)以来、あまりの暑さに2か月ほど城めぐりができておらず、今週末の予定も台風で延期せざるを得ませんので、つい…。
 

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赤い城

歴史民俗郷土館と旧香南町の城跡 (2024/08/15 訪問)

高松空港から近く、歴史民俗郷土館が城跡です。
立派な模擬天守が建っています。
駐車場もあり、無料で入館できます。
中庭に土塁が残っていることからその外側の道路が堀跡なのでしょう。

資料館で旧香南町の史跡マップを発見!
城址もいくつか載っていたので廻ることにしました。
近くの道の駅に移動し歩きます。

まずは横井城。
城跡は水田になっています。
蛇行した川が堀の跡と思われます。
尾池保俊または横井光政が築いたとされます。

次は吉光城、こちらも水田が広がります。
横井城の出城として機能していたようです。
鬼門にあたる北東部には佐賀神社が鎮座します。

さらに行業城と岡館に向かいます。
行業城跡は畑になっていますがそれが城塁っぽい?
そばに水路があり、堀跡と思われます。
道路を挟んで岡館ヘ。
こちらは民家の駐車場かな?
行業城は岡行業の居城で岡館は讃岐守護の細川頼之が行業城に立ち寄った際に築いたとされます。

最後は池内城、こちらも水田です。
僅かに高くなってるかな?
十河氏一族の池内氏の居城です。

午前中とはいえ炎天下の中、遺構の無い城めぐりウォーク約2時間、さすがに堪えました。
帰ってビールが美味しかったことは言うまでもありません。

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しんちゃん

本宮山城 言のままに願いがかなうのなら (2021/12/31 訪問)

本宮山城は静岡県掛川市にある遠江国一宮の事任八幡宮の本宮山の山頂に築かれていました。この事任(ことのまま)八幡宮は願いが「言のまま」に叶うと社として古くから信仰されてきたようです。ようは語呂あわせが民衆の間で良いふうに解釈されてきたわけですが、清少納言も「枕草子」の中で「ことのままの明神、いとたのもし。さのみ聞きけんとや言われたまはんと思ふぞ、いとをかしき(抜粋)。」と紹介していますが、清少納言らしい皮肉もちょっぴり入っているとする指摘もあるようです。
物事を自分たちに都合よく解釈して喧伝するということは、今の我々やマスコミにも当てはまるのではないでしょうか。

そんなわけでこの比高100mほどの山城は城好き以外の人々にも、けっこうな人気があるようです。清少納言に皮肉を受けて尚、願いをかけたいという欲求が湧いてくることを否定できません。皆さんなら何を願うでしょうか?
本宮山城は今川氏の被官・加茂氏の城だったと伝わります。参拝者が頻繁に訪れるだけあって道はそんなに険しくなく、鉄塔の有る曲輪や扁平地を西に進んでいくと磐座のように御神体らしき岩が複数存在する主郭にたどり着きます。

永禄12年(1569)徳川家康の掛川城侵攻の際に加毛氏らは籠城して抵抗しますが、衆寡敵せず落城し、千人余が討ち取られてしまったそうです。そんな悲劇があったとは知らずに、これからも多くの人が参拝しに来ると思います。南無南無‥

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朝田 辰兵衛

将棋駒のモニュメント…☖ (2024/06/15 訪問)

中央郭に将棋駒のモニュメントが…。「一会場で同時に行った将棋の最多対局数(2,362局)」ギネス記録達成を祝すモノでした。これは予想外で,しばらく釘付けになりました。
南郭では常連客と思えるファミリーが。BBQで盛り上がっていて,避けて撮影するのに大変でした…<苦笑>。
なお,主郭の愛宕神社までは意外に距離がありましたので,時間に余裕をもっていただければと思います。

南北朝時代,北畠天童丸が居を構えたとのことですが,最上氏の「圧」に耐えきれず去って行ったそうです。

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しんちゃん

お台場公園 (2018/08/26 訪問)

幕末に築かれた品川台場のうち現在残っているのは第三台場と第六台場のみです。第六台場は無人島として海上で保全され、第三台場は台場公園として整備され見学が可能になっています。複数の砲台が侵入者に対して横矢ならぬ、十字砲火を浴びせることが可能なようになっており、敵を複数の方向から攻撃することを想定して設計されているようです。第三台場の防衛は忍藩が担い、佐賀藩で製作されたカノン砲が配備されたようです。
靖国神社の遊就館に所蔵されている、品川台場に設置されていたとされる80ポンド青銅製カノン砲は安政元年に湯島大砲鋳造所(東京)で製造したものとされています。口径25cm、全長3830cmの滑空砲ですが船舶用の大砲に似た特徴を有していることから、ロシアのディアナ号が下田で横転した時に散らかしていった大量の大砲を改修して使用したという見方もあるようです。

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しんちゃん

ハナマキマキ (2015/05/04 訪問)

マキマキといえば‥‥ミスターカーメン? う~ん、正解(でいいか)。ではハナマキといえば‥そう岩手県花巻市の花巻城です!
私立花巻小学校の東の鳥谷ヶ崎公園が本丸とされ、西側と南側に堀切が切られ、その周囲が二の丸になるようです。花巻小学校とグラウンド、花巻市武徳殿あたりですね。その南側、花巻幼稚園から鳥谷崎神社の周辺が三の丸と思われ、近くに三の丸公園が有ります。「余呉クンとお城のホームページ」さんの縄張り図を参照にさせていただくと花巻市役所のあたりに大手門が有ったようです。
本丸跡には模擬の西御門が再現され、鳥谷崎神社には円城寺坂搦手門が移築されています。

戦国期には稗貫氏の城で、豊臣秀吉の奥州仕置によって稗貫氏が没落した後は秀吉家臣・浅野氏が入りますが和賀・稗貫一揆によって一時奪還されます。翌年一揆勢が鎮圧された後は南部領となり代官として北秀愛(ひでちか)が入ったそうです。この一族、親兄弟から子供に至るまで名前に「愛」が入ってます。なんか微笑ましいですが「愛」と書いて「ちか」と読むようです。

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カズサン

【甲斐 谷村陣屋】山梨県都留市 陣屋跡は裁判所 (2024/08/24 訪問)

 谷村城探訪中、谷村第一小学校校門の斜め向かいの裁判所側の歩道に谷村陣屋跡石碑を発見確認して周囲を散策探訪。

 住所:山梨県都留市中央2丁目1(都留裁判所内)
 駐車場:都留市役所の駐車場利用
 参考資料:城郭放浪記さんグーグルマップに依る。

 谷村陣屋跡石碑は谷村第一小学校校門前の通り県道705号線と国道139号線から小学校に北西に通り通りの北角歩道に在ります。
 遺構は無い様で跡地は現在谷村裁判所に成っています、裁判所の周囲は低い石垣塁で囲まれて往時の雰囲気を出しています、石碑の碑文は読みにづらい、案内板は有りません。
 この後訪ねた都留市博物館ミュージアム都留の常設展示の陣屋解説によると、江戸期の宝永元年(1704年)秋元氏が川越に移った後は天領と成り陣屋が設けられた、敷地1080坪に代官所と代官の住居である本陣、代官の下で働く手付・手代が住む長屋が在った。
 谷村陣屋は初めの頃、代官が直接務める本陣屋とされて居ましたが、享保7年(1722年)以降は石和陣屋(山梨県笛吹市)の出張陣屋として位置づけられていました。
 そのころから谷村の絹織物の集散地としての賑わいは変らず大いに栄えていました、現在も往時の曳き廻し屋台が現存しミュージアム都留のも展示されて、毎年8月末にはお祭りの屋台曳き廻しで町中が賑わっているようです。
 
 

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attu

天守他 (2024/08/26 訪問)

所要時間は1時間ぐらいです

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しんちゃん

あきらめたらそこで試合終了 (2015/05/04 訪問)

すこし写真が古くて申し訳ないんだけど‥平泉館(柳之御所)の投稿です。平泉館は柳之御所史跡公園として整備され、出土物の大半が重要文化財に指定されています。なぜかユネスコには嫌われ(?)柳之御所遺跡を除外することを条件に「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の名で中尊寺、毛越寺、無量光院跡、金鶏山などが世界遺産に登録されています。
現在は再び世界遺産の暫定リストに名を連ねているようです。諦めたらそこで試合終了なので、しぶとく頑張ってほしいですね。
柳之御所は奥州藤原氏初代清衡が平泉に移ってきて居館を構え、三代秀衡によって「吾妻鏡」における平泉館(政庁)として整備が行われたようです。そのあたりの関連付けが証明出来れば世界遺産としての追加登録も夢じゃないですよね、安西先生!

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ぴーかる

熱田神宮 (2024/07/20 訪問)

【熱田神宮】愛知県名古屋市熱田区
<駐車場他>駐車場あり。無料っぽい。
<交通手段>JR熱田駅から徒歩

<感想>青春18きっぷで濃尾平野ちょこ城巡り第4弾ラスト番外編。最初の安城で猛暑の中歩きすぎてダウン、足もつりだしたので、濃尾平野の星崎城で無念のリタイヤ。熱田神宮の信長塀はどうしても見たかったので気合で行きました。この日のプランの濃尾平野のちょこ城をだいぶ残してしまったので、次回はもう少し作戦を練らなければ。

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零汰

隈本古城・千葉城・藤崎城 (2022/01/02 訪問)

隈本古城・千葉城・藤崎城の3城は熊本城に飲み込まれた城です。実は時代とか背景とか詳しく分かっていないのですが純粋に楽しむ事は出来るので。遺構は有りませんが古城には案内板が、千葉城は現在公園となっており石碑が残っています。100城を訪問する際に一見されたら如何でしょう。位置はグーグルマップにて3城共表示されています。(写真1~3:古城、4~6千葉城)

いんげん丸虫さんは一本芯が通って硬派な方に見受けられましたね。1年半振りにサイトに復活した時に真っ先に見に行きましたが・・。城とマスクさんもお見掛けしなくなりました、こんな楽しみ方もあるのかと驚いたものです。色んなアプローチを持った多くの方々が投稿されたら城訪問の裾野も広がってくるのではないでしょうか。私もしんちゃんに影響されて今回飲み込まれた城を投稿しました。

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しんちゃん

ブルーインパルス! (2019/10/20 訪問)

皆様おなじみのブルーインパルスは航空自衛隊のアクロバット飛行チームです。1960年に正式化され、最初期には事故や殉職などの苦難もありましたが、1964年の東京オリンピック開会式の祝賀飛行では東京上空に東西6kmの五輪を描いて、その操縦技術の高さを世界に知らしめました。毎年、浜松エアフェスタでは彼らが素晴らしいエアーショーを見せてくれます。
それもあって浜松エアフェスタはすごい人気で、駐車場は抽選でしか確保できないため、基本的に移動は浜松駅からのシャトルバスでのピストン移動になります。行列は2時間近くになり、体力的な問題もあるので見れるときに見ておくしかありません。
他にもF-4ファントム(もう退役)や、F-16、F2戦闘機による演技も有りますが、最大6機で登場するブルーインパルスの演技は、高度なテクニックやコンビネーションも相まって見るものを間違いなく魅了します。城キチ(笑)の私でさえ、この投稿をしている時は城のことを忘れてしまうほどです。
どうです皆さん、写真を見ていると頭の中に「トップガン」のテーマが流れてきませんか?

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朝田 辰兵衛

登城途中で土砂降りとなりました…☂ (2024/06/22 訪問)

JR福山駅到着時点でたいした雨ではなかったので,福塩線で神辺城に向かいました。気温は高かったのですが,見事に土砂降りに見舞われました…<泣>。
晴れていれば,鬼門櫓や三番櫓などから爽快な眺望が期待できます。福山城築城までは,この地の中心でしたので。
土砂降りとガスによる視界不良で,石垣や四番櫓までは危険で散策できませんでした…。
移築門のある実相寺には足を運びました。

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しんちゃん

エアフェスタ浜松 偏愛が止まらない (2019/10/20 訪問)

ヤブでも国会議事堂でもどこへでも入ってしまう困った城びと「しんちゃん」、ある意味究極のバリアフリーです。そんな私でも横須賀米軍基地に車で間違って入りそうになった時は焦りました。門兵さんが「ノーノー」とやさしく返してくれたので助かりましたが、
これがアフガンだったら米屋の兵隊さんに銃撃されてハチの巣だぜ! さすがにオイラのスイカバーのヤリでもマシンガンには勝てません。さて私の地元、豊橋市のおとなり浜松市(カズサンさんの地元とは知りませんでした)、ここには航空自衛隊浜松基地があり、航空自衛隊浜松広報館エアーパークが有ります。たしか今、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の解体展示が行われているそうなので、台風が来てますが近いうちに見に行きたいと思っています。
浜松基地では年に一度、エアフェスタ浜松が行われていて、さまざまな航空機の展示やフライトデモ、そしてブルーインパルスのエアーショーが行われています。ブルーインパルス、もう最高なんですよ。お城の投稿ではないですが、偏愛が止まりません!

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零汰

津賀牟礼城:大分県竹田市 (2024/07/18 訪問)

こちらは連郭式で大規模な城跡、縄張り図無しでは説明する事が出来ません。こんな多くの城跡が山の中には残ってます。10枚写真を選んでみました。

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todo94

お盆の攻城④ (2024/08/15 訪問)

昼食と献血の前、この日最後の攻城は上野中野城。県指定天然記念物の神光寺の大カヤは見ごたえありました。皆さんが投稿されている駐車場脇の土塁と思しき高まり、私も視認はしていたのですが、説明板に記されている「南面の塁濠跡」には当たるまいと写真撮影はせずじまいでした。神光寺の南面を結構探し回ったのですが、何も見つけることはできなかったので、説明板の誤記載のような気もします。

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