城郭と呼ばれる中に環濠集落という分類があるそうだ、何とも城郭の裾野はとてつもなく広い。それまで環濠集落なんて耳にした事は有りませんでした。
佐賀県にはクリークと呼ばれる農業用水と直結している濠に囲まれた大規模な城跡が幾つかあり、登録城にも含まれています。5年前に勢いだけで訪問しました。大きすぎて掴み所の無い印象でピンと来ませんでしたがそのままにしていました。2年前に佐賀侵攻中に佐賀平野で環濠集落を見る事となりました。
佐賀平野には150か所程度の小規模な平城や館が用水路(濠)に沿うように残っています。時代の変化により、濠を埋立たり、RC擁壁で補強したりと変化は有りますが、往時のままで残っている場所もあります。それら小規模な城跡を見た事により、5年前の大規模な城跡を漸く理解出来ました。そしてその中に環濠集落が10か所程度あり、それ対して不思議に思えました。そのうち分かる時が来るだろうと今もほったらかしいます。
写真1~5・・・大石環濠 : 写真6~9・・・余江環濠、共に佐賀県神埼市
写りの良かった場所を選びました、場所が違えども殆ど濠が廻っているだけで大差は有りません。
5月に青森の高屋敷館が環濠集落だという事でヒントは無いかと考えて訪問しましたが全く別物でした。共通しているのは濠に囲まれている集落という1点のみでした。(その他に気が付いた事は武士の時代とは逆に、濠が土塁の内側に配置されていたって事です。)
高屋敷館は分類上城郭で問題ないと思われますが、佐賀平野の環濠集落は城郭の分類なのでしょうか?もし仮に今後、用水路(濠)に囲まれた農地が宅地化され、数件の家が建ち集落化した場合は環濠集落と呼ばれてもおかしく無い気がします。その際は城郭に分類されるのでしょうか。時代が最近だから分類されないのなら現在の集落はいつの時代から有ったのでしょうか。城郭に分類されるのにはいつ頃の年代からになるのでしょうか。2年前から不思議に思えています。(分類がおかしいから何としろとか、白黒はっきりしたいとか、佐賀県にお住まいの皆様を不快にさせる意図は有りません。単純に不思議と感じていて特に解決を望んでいる訳でも有りません。)
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