あかやまじょう

赤山城

埼玉県川口市

別名 : 赤山陣屋、伊奈氏陣屋
旧国名 : 武蔵

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南掘(西側)
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昌官忠

川口市&蕨市城巡り①:赤山城 (2022/04/23 訪問)

6月の九州遠征前の、なまった足腰(コロナ過で10か月攻城していません)のリハビリを兼ねた攻城(PART2)です。
川口市&蕨市城巡り1城目は赤山城です。
埼玉高速鉄道の戸塚安行駅から徒歩19~20分くらいで石碑と説明板前(35.850297、139.746946)に着きました。

赤山城(赤山陣屋)は関東郡代として徳川幕府を支えた伊奈氏の居城です。
築城年代は定かではないが1618年(元和4年)または1629年(寛永6年)頃に伊奈忠次の次男、伊奈忠治によって築かれたと云わります。
忠治の家系はその後代々関東郡代として活躍しましたが、1792年(寛政4年)伊奈忠尊のとき御家騒動によって所領は没収され赤山城も廃城となった

現在、城址の大半は雑木林や苗木畑となってますが、主郭を中心とした一部が城址公園として整備されており、空堀が復元されています。
大手門があった場所には石碑と案内板が設置されています。
現地説明板によると、東京外環自動車道北側に出丸があるようですが、今回は見学しませんでした。
二の丸の奥に四角い土壇がありましたが、説明板に説明がなかったので後世の改変でしょうか?
攻城時間は35分くらいでした。

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🏯城好きのメガネ

「赤山陣屋」 (2020/04/06 訪問)

<オススメ>★☆☆☆☆
赤山陣屋は、関東郡代・伊奈忠治が赤山領を幕府から7000石拝領したため、陣屋を築いたとされる。以来十代163年間、在地支配の拠点とした。現在、土塁等が遺されている。

<アクセス>
埼玉高速鉄道 新井宿駅 徒歩25分

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チェブ

赤山城と赤山陣屋。伊奈城と伊奈陣屋。 (2021/01/02 訪問)

こちらも、車より交通機関を利用した方が良いと思われる「赤山城」です。
東京外環自動車道が通る大きな街道の横にあります。
この辺りは、いつも渋滞しているイメージです。

まず、家康さんの関東移封に伴い、伊奈 忠次さんが「伊奈城」を築きます。関東代官頭として検地等しました。
「伊奈城」は、こちらから車で小一時間の場所にあります。
忠次さんが亡くなります。嫡男 忠政さんが継ぎますが、またも亡くなります。忠政さんの子は8歳。
まだ幼かったので、忠次さんの次男、伊奈 忠治さんが関東代官のお仕事を引き継ぎました。
忠治さんは すでに赤山を拝領していたので、拠点を赤山に移し「赤山陣屋」としました。

以前「伊奈城」攻めをした事がありました。
同じ伊奈氏だったので頭の中がごちゃごちゃし、調べてみると、こんな理由があったんですね。

私は『赤山歴史自然公園』改め『いいなパーク』の駐車場を期待したのですが、「赤山陣屋」の説明板を見つけ、あわてて路駐してしまいました。
ちなみに『いいなパーク』の『いいな』は"伊奈氏" と "良い " から名付けられたそうです。
レンガの遊歩道があり、車で通って良いか分からず、ぐるっと回り反対側に行きました。
そちらに「赤山城」の石碑と説明板があります。
石碑の前で地元の御老人3人が日向ぼっこしてました。
お一方が車椅子だったので、邪魔しないように写真を写しました。
駐車できるか聞きたかったんですが、世間話とコロナの話になり、お礼をして退陣しました。
広く整備されているようで、歩いたら気持ち良さそうです。

伊奈 忠治さんは関東の治水業務に貢献した方です。
江戸の街を作った、誇り高い伊奈の名前はいろんな場所で使われてます。

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BUGTI

関東郡代伊奈氏の拠点城 (2020/11/24 訪問)

赤山陣屋とも言われるが、城域は広くて立派な城である。廃城後は田畑になったようだが、空堀がきれいに整備されていてわかりやすい。特に北堀は当時の面影をよく残している。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 伊奈忠治
築城年 寛永6年(1629)
主な城主 伊奈忠治
廃城年 寛政4年(1792)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県旧跡(赤山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 埼玉県川口市赤山
問い合わせ先 川口市安行支所
問い合わせ先電話番号 048-295-1801