うがさきじょう

鵜ヶ崎城

宮城県岩沼市

別名 : 武隈館、岩沼城、岩沼要害
旧国名 : 陸奥

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二の丸から本丸を眺める
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カズサン

JR岩沼駅近の岩沼要害 (2021/11/15 訪問)

 大鳥城、桑折西山城を含む城廻りの2日目、宮城県亘理郡辺りから福島県相馬郡の浜通りに未踏の城が在り小堤城からと思って居りましたが北側の近くに未踏の鵜ヶ埼城が有りそこを目指す事に、白石のホテルを朝早く出発し国道4号線を北上。
 情報源:古城盛衰記さん、グーグルマップ拡大し航空写真と周辺地図に由る。
 車は鵜ヶ埼城の在る公園のドン詰りにナビをセットし岩沼駅西側から進行周りは住宅街狭い道、若干行き来はしましたが鵜ヶ埼公園のドン詰まり本曲輪下に路駐、(ここはUターン出来ませんのでバックしT時点でバックで曲がって帰路へ)、駐車場は有りません。
 
 鵜ヶ埼城は江戸期仙台藩21要害の一つ岩沼要害として機能して居ました、最上部が本丸か?下に二の丸、土塁が見られ、二の丸南、西下に帯曲輪らしき平地で更に西側は落ち込んでおり空堀、沼地跡なのか?しかし小公園鵜ヶ埼公園の周りは市街化、住宅地に成ってる、約150m東にはJR岩沼駅で旧岩沼要害はJR、市街化で埋没したようです。

 歴史:鵜ヶ埼城は古くは「武隈館」と呼ばれ、平安中期の歌人・源重之が奥州に下向した時築城したのが始まりと伝えられてる、戦国期は城として機能したが江戸期一国一城令後は仙台藩内に21箇所ある要害の一つと位置付けられ岩沼要害と呼称、寛文元年(1661年)岩沼藩3万石として仙台藩の内分大名田村宗良の居城となった、延宝9年(1681年)田村氏が一関へ転封となると、以降古内氏が拝領し居館としていた。
 明治維新後は廃館と成り明治20年東北本線が施設された際に要害の一部が駅と成るなど大きく姿をかえていった。(案内板/標柱による)

 路駐も気に成りサラッと巡って撮影し10分ほどで次の小堤城を目指しました。

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dougen

2019.3.30登城 (2019/03/30 訪問)

下野郷館から、西南方向にある岩沼駅方面へ。岩沼駅の東側の住宅地の中にある鵜ヶ崎公園が鵜ヶ崎城址となります。

公園として整備されていますが、郭跡や土塁が確認できます。

また城址の石碑や解説板も設置されています。

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todo94

近隣住民憩いの場 (2020/04/11 訪問)

桜もまだ見頃でしたが、花見客という感じの利用者より小さい子を連れた近隣住民の憩いの場という感じで賑わっていました。

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カルビン

駅近物件現る (2020/01/19 訪問)

仙台駅から船岡城のある船岡駅に行く前に、途中の岩沼駅に下車して駅からすぐ近くにある鵜ヶ崎城に寄り道しました。

住宅街の小高い丘・ちょっとしたエリアが鵜ヶ崎城(岩沼要害)になります。。。駅から徒歩5分ちょっとで到着出来る駅近物件です。
但し駐車場は無いのでご注意を。

城域の1/3は公園になっており、そこが帯曲輪と推定。
その上に土塁があり、更に上が主郭と思われる場所。。。見学時間も15分もあれば見きれると思います。

周辺は広い平野が続いている場所なので、主郭にある高台からは周辺が良く見渡せる事から、もしかしたら狼煙台・物見台の役割をしていた場所なのかもしれません。


白石~仙台間は思った以上に電車の本数多く、ちょっと立ち寄って次かその次の電車に乗れる(滞在30分程度)、お城を沢山巡りたい人には有りがたい場所かもですね(笑)

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 源重之?
築城年 平安時代中期
主な城主 源氏、藤原氏、泉田氏、石田氏、大木氏、遠藤氏、屋代氏、齋藤氏、安久津氏、奥山氏、伊達宗勝、古内氏
遺構 消滅
再建造物
住所 宮城県岩沼市栄町1