続日本100名城

げんばおじょう

玄蕃尾城

福井県敦賀市

別名 : 内中尾山城、内中尾城、玄藩尾城、柳瀬城
旧国名 : 越前

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玄蕃尾城
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イオ

林谷山砦(長浜市余呉町新堂) (2026/03/28 訪問)

林谷山砦(城びと未登録)は、賤ケ岳の戦いにおいて柴田方が築いた陣城で、守将は毛受兄弟とも徳山則秀ともいわれますが詳細は不明です。

金森長近砦跡の案内表示から北東にのびる尾根を進んだ先が林谷山砦です。尾根道の東辺には低土塁が延々と続き、ところどころに設けられた虎口を出ると外側の犬走りに通じています。東麓の北国街道からの侵攻に備える最前線の陣城としての造りのようです。約480m続く低土塁の中央部には、西辺を除く三方を土塁で囲んだ主郭があり、東側に虎口を設けています。主郭南辺の土塁の外側には毛受兄弟と徳山秀現の砦の標柱が立てられていました。主郭からさらに北東へとのびる尾根にも低土塁が続いていて、先端で尾根を遮断するように西側に折れて終わっています。ここまでが林谷山砦のようです。

さて、林谷山砦の先に大谷山砦があると思い込んでいたため、低土塁を越えて北東尾根をさらに下って行きましたが、陣城どころか麓がどんどん近くなってきて、さすがにおかしいと思って持参していた賤ヶ岳合戦城郭位置図を確認して勘違いに気が付きました(おせーよ)。この時点で登城開始から4時間半あまり、6時間内を目安にしていたのでまだ時間はありましたが、比高440mの行市山までの往復による疲れに加えて、まさかの勘違いによる徒労感でやる気も損なわれ、ここからまた橡谷山砦まで登って行き、草木をかい潜って柏谷山砦まで戻り、さらに尾根を進んで大谷山砦まで行くのか…? と考えると、とてもそんな気力は湧いてきませんでした。当初想定していた柴田方の陣城をひとつだけ残すことになってしまいましたので、いつかリベンジしたいと思います。

…ということで、思いがけない結末になりましたが、様々な陣城めぐりは楽しかったですし、第一の目的である金龍紀行(金森長近ゆかりの城めぐり)は果たせましたので、まずは良しとしておきましょう。
 

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イオ

柏谷山砦(長浜市余呉町小谷) (2026/03/28 訪問)

柏谷山砦(城びと未登録)は、賤ケ岳の戦いにおいて柴田方の徳山則秀が築いたとされる陣城です。

橡谷山砦から柏谷山砦へは、北東に分岐する尾根筋を進みます。行市山までの登山道はよく整備されていましたが、こちらは道らしきものは無く、草木をかき分けながら尾根沿いに進むのみ。少し行くと尾根の鞍部に土塁が続いています。鞍部からの侵入を阻むためのもののようです。そして鞍部から少し登ると柏谷山砦の主郭に至ります。主郭は周囲を土塁で囲み、西側に虎口を設けています。虎口の手前にはかざし土塁が内部の視界を遮っていました。主郭からは北国街道を見渡すことができます。尾根の鞍部からの侵入に備え、北国街道を監視する目的の砦だったようです。

柏谷山砦から尾根沿いにさらに北東に進んだ先には柴田方の陣城である大谷山砦があり、当然行くつもりで準備もしていたんですが、あろうことか大谷山砦の位置を柏谷山砦の先でなく林谷山砦の先だと勘違いしていたため、柏谷山砦で折り返して橡谷山砦まで戻り、林谷山砦に向かってしまいました…。
 

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イオ

行市山砦(長浜市余呉町池原) (2026/03/28 訪問)

行市山砦(城びと未登録)は、賤ケ岳の戦いにおいて柴田方の佐久間盛政が築いた陣城で、東野行一の城を前身としているとも云われるようです。

行市山南砦から約10分で行市山砦に到達。行市山砦は主郭とその南側の副郭からなり、副郭の南辺から西辺は主郭から続くL字状の土塁が続いています。主郭の四周も土塁で囲まれ、南辺の土塁の外側には横堀が設けられていました。登山道は横堀を越えて土塁に設けられた階段へと続いていますが、これは後世の破壊道。虎口は主郭南西隅に開口しています。虎口について解説した行市山砦跡の説明板も立てられていました。主郭の北部には列石が見られ、礎石建物の存在が推測されます。土塁内側には石積みらしきものも見られました。北辺の土塁を乗り越えると、北辺の土塁の外側には堀切が設けられています。

さすがに登城口から行市山南砦まで残雪を見ることはありませんでしたが、主郭南辺の横堀の片隅にわずかに残る雪を発見。標高650mともなると3月末でもまだ雪があるんですね。やはり昨年末に登城を断念したのは正解だったようです。その頃はどれほどの積雪深だったことか…。一方で、あ さんは8月に登城しておられますが、直下まで林道を車で行ける別所山砦はまだしも、結構な急坂をひたすら登るしかない行市山砦を真夏に攻める根性は私には無いなぁ…。恐れ入りました。

さて、行市山砦で折り返して、橡谷山砦と金森長近砦からの分岐をもう一方へ進んでみようと思います。
 

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イオ

行市山南砦(長浜市余呉町池原) (2026/03/28 訪問)

行市山南砦(城びと未登録)は、賤ケ岳の戦いにおいて柴田方が築いた陣城で、別所山砦と行市山砦を繋ぐ役割を果たしたと考えられますが詳細は不明です。

別所山砦から約25分で行市山南砦に到達。別所山砦まではいくつかの砦をめぐりながら徐々に登って行く感じでしたが、行市山へはひたすら登りです。かつて陣城間を結んでいた城道(かもしれない登山道)を進むと、城道は行市山南砦の手前で左右に分岐し、横堀状の城道に周囲を囲まれた曲輪が主郭です。主郭は斜面に階段状に設けられていて、城道を登ってきた敵兵を攻撃する造りでしょうか。分岐していた城道は主郭の西端で合流し、その先は喰い違い状の堀切で尾根筋を遮断しています。

行市山南砦を出て行市山砦へ城道をさらに登って行く途中、振り返ると賤ヶ岳の戦いの柴田方・羽柴方双方の砦群を一望に見渡す眺望が広がっていました。

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城郭情報

城地種類 山城
築城年代 天正11年(1583)
築城者 柴田勝家
主要城主 柴田氏
文化財史跡区分 国史跡(玄藩尾城(内中尾山城)跡)
主な関連施設 碑、説明板
主な遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、虎口
住所 福井県敦賀市刀根/滋賀県長浜市余呉町柳ヶ瀬
問い合わせ先 敦賀市文化振興課
問い合わせ先電話番号 0770-22-8152