しらとりじょう

白鳥城

富山県富山市

別名 : 白鳥塁、呉服山城、呉服山陣城
旧国名 : 越中

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石碑、この裏に登城口
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赤い城

越中の戦国時代はここで終焉 (2025/04/29 訪問)

県道44号線に案内板があり、ここから呉羽山への山道を登って行きます。
駐車場もあります。

石碑のところに登城口がありここから登って行きます。
少し進むと東出丸があり、さらに進みます。
三の丸、堀切を経て二の丸へと進みます。
整備されていて歩きやすくなっていました。
が、肝心の二の丸と本丸の間の間空堀が伐採した枝や草で覆われています。
見どころだと思うのですが公園なのでやむを得ないのでしょうか。
二の丸には井戸跡があり、石積も残ります。

気を取り直して本丸へ。
ここからの眺望は素敵でした。
立山連峰に雲がかかってたのが残念でしたがそこは心眼で。
本丸には天守台も残ります。

西一の丸、本丸下曲輪を経て北一の丸へ。
北一の丸には堀切が施されています。
一通り見学して下山しました。

神保長職が上杉謙信の越中攻めに備えて築城。
その後は秀吉が佐々成政を攻める際に本陣が置かれた城です。
【見どころ】
 ・三の丸の堀切
 ・二の丸と本丸の間の堀切(藪だけど)
 ・二の丸の井戸跡
 ・北一の丸の堀切

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しんちゃん

西側の遺構 (2025/03/10 訪問)

白鳥城の写真、西側の遺構がまだ残っていました。主郭が最高所に有り、東と西に郭が配され遺構が残っています。主郭の東西に堀切が配され、西側の郭を南に進んだ先に出丸が有ります。白鳥城は元々、神保氏の城で、天正13年の羽柴秀吉の佐々成政攻めの際に秀吉の本陣が置かれました。白鳥城は遺構も良く残っており、縄張的にも優れた城ですが、少し構造が複雑な所があり、記憶に頼っている部分が多いので、細部の抜けはご容赦ください。最近記憶力がトンと落ちて・・・。
頭の中の八割が「お城」なら良かったのですが、私の場合は
35%・・お城
25%・・エ〇いこと
20%・・プラモとか
10%・・食う飲む寝る
残りが家族、仕事、世界平和やらなんやら・・なんだろう、盛大に墓穴を掘ったような気がするが・・そんなにダメ人間でもないんですけどね。

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しんちゃん

本丸からの眺望 (2025/03/10 訪問)

白鳥城の投稿の続きです。標高145mの山頂とは思えないほど開けていて、この季節でも道路は完璧に除雪がされています。夕方に訪れた守山城は道が雪で閉ざされいて残念な思いをしたので、こうやって訪問できるのは有難いことです。いくら冬用の装備をしたところで、雪が何十センチも積もっていると、人も車も入れません。自然の前では、人はなかなか無力なものです。
今年は冬季の城攻めの経験値を積みたいと思っていたので、奥州・彦根・中国地方・北陸・飛騨を回ったのは良い経験になりました。
呉羽ハイツがすぐ近くに有りますが、城址は非常に良い状態で保存されています。眺望も素晴らしく、多くの人が徒歩や車で城址を訪れています。これは良い環境にありますね。
ちなみに守山城は富山の街並みと立山の絶景が眼前に開けていて、すばらしい眺望ですが、それ以上に夜景が素晴らしいです。横浜・長崎の夜景も綺麗ですが、富山守山城から見る夜景は迫力が違うんですよ。

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しんちゃん

富山攻めの城 (2025/03/10 訪問)

白鳥城の歴史は古く、寿永2年(1183)に源義仲の武将・今井四郎兼平が陣を張ったと記録が残っています。戦国時代に神保長職が上杉氏に備えて富山城の詰城として本格的に築城し、神保氏が上杉氏に降伏すると上杉氏の城となりますが、一揆勢に攻められ落城しています。
後に佐々成政が富山城に入ると、富山城の支城として機能しますが、天正18年(1585)の羽柴秀吉の富山攻めの際には、羽柴軍の陣が置かれました。
比高130mのれっきとした山城ですが、驚くほど開けていて、この時期でも車で城址のすぐ近くまで行くことが出来ます。展望台や東出丸、本丸のいずれからも眺望が素晴らしく晴れの日がお勧めです。駐車場からすぐの所に展望台と城址碑があり、東出丸→三の丸→二の丸→本丸・天守台→西一の丸→西二の丸→西出丸 といった順で訪問しました。
西側の遺構の空堀や土塁も見ごたえがあります。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 神保長職
築城年 天文12年(1543)
主な改修者 前田利家
主な城主 神保氏、岡島一吉・片山伊賀(前田氏家臣)
廃城年 慶長年間(1596〜1615)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸、土橋
再建造物 石碑、説明板
住所 富山県富山市金屋字笹山割、寺町字城乗、吉作
問い合わせ先 富山県埋蔵文化財センター
問い合わせ先電話番号 076-434-2814