かめやまじょう

亀山城

愛知県新城市

別名 : 作手城
旧国名 : 三河

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大きな看板
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昌官忠

岐阜愛知遠征2日間④ (2018/11/24 訪問)

岐阜愛知遠征2日間の4城目は亀山城です。
前泊した豊橋駅でレンタカーを借りて「道の駅 つくで手作り村」(34.963658、137.420876)に駐車して攻城しました。亀山城は「道の駅 つくで手作り村」の裏手になります。攻城口近くにも駐車場はありますが、道の駅前の国道301号線を挟んだ「石橋城(慈昌院)」も見学したかったので、こちらの駐車場を利用しました。
亀山城は奥平貞俊によって築かれた城で奥平氏が5代居城し、江戸時代には作手藩1万7千石として松平忠明が城主をつとめたようです。国道301号線から「亀山城趾」の大きな看板が見えます。こじんまりした城跡ですが、堀や土塁が確認できます。攻城時間は30分くらいでした。
ちなみに前泊した豊橋の駅のイルミネーションが綺麗でしたので、そちらの写真も投稿します。

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TMN97

亀山城址 (2020/11/21 訪問)

亀山城址

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カズサン

奥三河作手奥平氏を代表する山城 (2015/05/15 訪問)

 まだまだ城廻りが出来ない状況が続いてますのでH27年5月中旬に探訪した新城市作手地区の亀山城を投稿します。
 亀山城は新城市の標高500m台の高原盆地、国道301号線奥三河旧街道の要所に在り、道の駅「つくで手ずくり村」北東直ぐの山手丘陵に在ります。
 駐車場は道の駅「つくで手ずくり村」または裏側北東200m程離れた亀山城大型駐車場(こちらが近い)

 今回の登城ルートは専用駐車場→東裾を廻り→西曲輪(その間東曲輪、本丸東下横堀、西曲輪下腰曲輪を観察)→本丸下東切岸、腰曲輪→西曲輪、土橋→本丸搦手虎口→本丸、周囲土塁→本丸大手虎口→二の丸→二の丸枡形虎口→二の丸北横堀、大堀切→国道301号線に回り西側丘陵の亀山城を眺める、大看板が良く見える。

 城跡は良く残り景観保全も良好、各曲輪と夫々の土塁、枡形虎口、横堀、堀切、本丸切岸が良く確認でき素晴らしい造りです。

 歴史的には上野国甘楽郡奥平郷より天授年間(1375年~1381年)作手領主山崎氏を頼り作手地方に移住、勢力人望を得て、川尻城経て亀山城を築き5代居城、国人領主として今川氏に従い義元倒れた後、武田氏、徳川氏の抗争の中、奥平貞昌(信昌)長篠城主に家康より命じられ長篠城籠城戦を耐えて設楽ヶ原合戦で勝利への軍功を挙げた。
 家康関東移封後は上野国甘楽郡へ3万石の領主、関ヶ原合戦後信昌の4男、松平忠明が作手藩1万7千石に封ぜられ亀山城が支配拠点に、再改修されたか? 慶長15年(1610年)伊勢亀山城へ移封されここは廃城と成る。

 道の駅「つくで手づくり村」の作手地区の案内板には作手史跡巡り案内が有り、亀山城をはじめ、石橋城、文珠山城、塞之神城、古宮城、川尻城、作手歴史民俗資料館、を巡る約10kmの各コースが紹介されてます。

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エグ1394

亀山城 (2020/08/02 訪問)

道の駅つくで手作り村によって見たら
奥に亀山城跡への入り口を発見し、登ってみました。
三河亀山城は奥平貞俊によって築かれた城です。奥平氏5代が居城し、江戸時代には作手藩1万7千石として松平忠明が城主をつとめました。現在、城址は道の駅「つくで手作り村」に隣接する公園として整備されており、縄張りはほぼ当時のまま残されています。本丸を中心に各種の曲輪、土塁、空濠を確認することができる奥三河屈指の平山城です。毎年、5月には火縄銃の演舞などをおこなう「古城まつり」が開催されています。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 奥平貞俊
築城年 応永31年(1424)
主な城主 奥平氏
廃城年 慶長15年(1610)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(亀山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛知県新城市作手清岳字城山
問い合わせ先 新城市教育委員会文化課
問い合わせ先電話番号 0536-23-7655