かめやまじょう

亀山城

愛知県新城市

別名 : 作手城
旧国名 : 三河

投稿する
本丸
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

しんちゃん

武田から徳川に寝返った奥平氏築城の城 (2020/02/01 訪問)

今の群馬県高崎市、上野国から出てきた奥平貞俊が築城した城。
まず奥平氏は今の作手中学東側に1424年頃川尻城を築城した。今は公園となってしまっている川尻城だが、本曲輪の南には、冠木門があり雰囲気を残している。築城してすぐに川尻城が手狭になり川尻城から二キロ南に行ったところに亀山城を築城し、川尻城は支城にして移ってきた。1570年〜1573年は武田信玄に仕えていた。その間、信玄は馬場信春に命じて1571年に亀山城の1キロ北側に奥平氏を見張るためと言われているが、古宮城を築いている。1573年に信玄が亡くなると徳川に寝返って、古宮城を落とした後は、亀山城から長篠城主になり、1575年の長篠の戦いで武田の猛攻を凌いで活躍し、出世していったヤリ手一族だ。
城の構造は、低丘稜に土塁で囲まれた楕円形の本曲輪を中心に、曲輪が段々と整然と配置されている。圧倒的迫力の古宮城と比べると、落ち着いた雰囲気すら感じた。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

ぜろきゅう

古宮城とセットで (2020/01/20 訪問)

作手歴史民俗史料館で古宮城と併せて説明していただきました。
縄張り図もいただけます。
お互いの城が見える最前線です。

+ 続きを読む

天下布武

奥三河作手へ移って来た奥平氏の本拠 (2019/11/20 訪問)

奥平貞俊が築城した奥平宗家の居城です。
国道301号と県道37号作手街道がぶつかり、道の駅 つくで手作り村の傍という車でのアクセスがすこぶる良いです。
また周辺には古宮城をはじめ数城お城があり併せての登城も楽しめます。
城址はよく整備され見学しやすく、案内説明があり、遺構も判り易いためお城初心者にもお薦めできます。
陽が少し傾いてましたがお手軽城址なので、豊橋方面からの道すがら久々に寄ってみました。

+ 続きを読む

イシテル

作手盆地に築かれた奥平氏の本拠地 (2019/11/02 訪問)

古宮城址の後、約1.5km離れた亀山城址へ行きました。
作手歴史民俗資料館で古宮城縄張図と亀山城跡実測図を貰っていましたので、実測図を見ながら廻りました。
「亀山城址0.2km」の案内板に導かれ、東側から城郭へ入り、まずは二の丸へ。
二の丸から本丸に入る木戸口(東側)が見えましたが、ここは直ぐに本丸に入らず南側の東曲輪、空堀、南曲輪と回り込み、それから本丸西側へ出ました。西曲輪から土橋跡を歩き、木戸口(西側)から本丸へ入りました。
どの遺構も良く残り整備され、平山城ですが山城を廻っているような感覚を味わえる城跡です。
亀山城址を降り、近くにある道の駅「つくて手作り村」に行き、一休み。
「つくて手作り村」にはレンタサイクルもあり、知っていれば利用して、作手地区にある賽之神城址、文珠山城址、川尻城址なども回れたと思い残念。ただ、石橋城址(お寺)は道の駅の前にあり、奥の土塁を鑑賞。
今度は、レンタサイクルを利用して、全ての城跡を廻ります。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 奥平貞俊
築城年 応永31年(1424)
主な城主 奥平氏
廃城年 慶長15年(1610)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(亀山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 愛知県新城市作手清岳字城山
問い合わせ先 新城市教育委員会文化課
問い合わせ先電話番号 0536-23-7655