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カズサン

校門横に赤御影の横置城名石碑 (2020/10/11 訪問)

 西美濃城びと登録未踏城廻り垂井城を終えて東方約4km程の長松城を初登城、現在荒崎小学校に成ってる、城名石碑と案内板は校門横に南向き通りに面してる。
 ナビは岐阜県大垣市長松町789-1荒崎小学校校門南に合わせ城名石碑前に到着、駐車場は無く当日は日曜日でしたので西隣のJAにしみの荒崎支店の駐車場を利用させて頂いた。
 石碑、案内板周辺を撮影して次のお茶屋屋敷を目指す。

 歴史的には竹中半兵衛の甥で竹中重利に3000石与えられ長松城を築いた、半兵衛病没後秀吉の直臣と成り文禄2年(1594年)豊後高田1万3千石を与えられ転封、のち豊後府内3万5千石の大名に成り豊後府内城を築く、長松城は竹中重利転封後武光氏5千石で入封するが関ヶ原西軍に属し城を放棄し廃城と成る。(情報は城郭放浪記さん抜粋)

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野良犬

美濃の山城巡りの息抜き (2020/10/14 訪問)

うだつの上がる商家の町並みが広がる美濃市内にある、金森長近が築いた小倉山城。
美濃市図書館が三の丸跡、その右側の駐車場が二の丸跡と言われ、本丸跡には模擬櫓が立っている。
駐車場より徒歩10分ほどの山頂には三階建の模擬天守があり、屋上からの景色は素晴らしく、関ヶ原合戦後に金森長近に与られ、後に長近が小倉山城に移ったため廃城となった鉈尾山城もよく見えます。

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Kitty

古堀田城 (2020/03/22 訪問)

薬研堀やW字型の堀切が明瞭に残ります。畝状阻塁もあるようですが見つけることが出来ませんでした。そして後日訪城した他の城マニアさんも見つけることが出来なかったとの情報がありました。現状、破壊されたのか埋もれているのか分かりません。

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小城小次郎

過去の痕跡を辿る旅 (2020/09/12 訪問)

城跡がどこにあったのかもわからなくなりそうな台地の上の町の中に、意外なくらい本格的な石垣が眠っていたりする。敢えて地図も持たないで、宝探しのように過去の痕跡を辿るというのも、なかなかどうして悪くはない。

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Kitty

四十二館 (2020/03/21 訪問)

時間がなく細かく探索できませんでしたが堀割の跡らしき地形がありました。

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Kitty

小野城 (2020/03/21 訪問)

城址は整備されており見学が容易です。主郭の裏手に畝状阻塁が残ります。

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Kitty

門屋城 (2020/03/20 訪問)

薬研状の長大な堀切が残ります。堀底はかなり泥濘んでおり探索の際は注意が必要です。

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Kitty

亀ヶ城 (2019/09/17 訪問)

巨大な畝状竪堀、堀切、帯郭などが明瞭に残ります。畝状竪堀が好きな方にオススメしたい城です。

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イオ

出張!お城EXPO in 東急ハンズ奈良店 (2020/10/14 訪問)

「お城EXPO」、行きたいと思いつつも年末の週末に横浜というのは仕事の関係でなかなか難しく、先月の「滋賀・びわ湖」にも行けませんでしたが、奈良ならば、ということで早速行ってきました。

近鉄百貨店5階・東急ハンズの広い売場をしばらく見て回るもなかなか見つけられず、真ん中のレジ付近に目をやると、レジ横の一等地に「お城EXPO」のコーナーが! もっと隅っこのほうかと思ってました(笑)

東急ハンズとあって物販が中心ながら、お城の基礎知識のパネルや高取城の甲冑展示があり、甲冑はレジに会計に来た人たちの注目を集めていました。物販ではお城EXPOの公式グッズのほか、城びとグッズ、高取城グッズがところ狭しと並んでおり、どれを買おうかコーナー内をぐるぐる何周も回ったあげく買ったのは、はじめてのお城ガイドマップシリーズの「はじめての上田城」。

さすがに「城めぐり初心者」ではなくなってきたかなぁ、とは思いますが、子供の頃からの真田びいきでありながら上田城はまだ行ったことがなく、今月末の山城サミットではじめての上田城だ! と1年前から楽しみにしていたのが、コロナの影響もあって参戦をあきらめざるを得ず、せめて加藤理文先生の解説動画を見聞きして予習&行った気分になりたいと思います…。

来城は、近鉄・大和西大寺駅前のため電車が便利ですが、2時間無料の駐車場(約2,000台)もありますので、車でも問題ないかと思います。
 

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沖縄県内初!世界遺産中城城跡の御城印 (2020/09/20 訪問)

2020年12月 中城城跡は世界遺産登録20周年を迎えます。
その記念として、沖縄県内では初となる御城印を制作させていただきました。

〈中城城跡 御城印のこだわり〉
地元の宝である城(グスク)を通して、お城や沖縄が好きな方々と繋がりたいという思いも込めた作品です
・世界遺産登録20周年を中城村をあげてお祝いしたく、筆耕は中城村民限定で公募し厳選された文字を採用しています
・使用している紙は、琉球王国時代から受け継がれている伝統の手漉きで作られた琉球紙のひとつ「三椏(みつまた)紙」です。
 琉球紙は、需要の減少や後継者不足などから技術の継承が懸念されていますが、貴重な紙を皆さんに知ってもらいたい、又、後世にも伝えたい想いで使わせていただきました。
 職人さんの人柄まで伝わるような手間ひまかけた琉球三椏紙の手触りもお楽しみください。

詳しくは中城村観光協会HPをチェック☞ https://www.nakagusukukk.com/

中城城跡にも是非めんそ~れ~!!

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カズサン

城名石碑に辞世句碑が寄り添ってる (2020/10/11 訪問)

 長浜市下坂氏館、三田村城、小室城を終えて国道365号線国道21号線で西美濃へ城びと未踏城の城を巡る先ずは垂井城へ、ナビは岐阜県不破郡垂井町1449専精寺に合わせる、御所野交差点から北入るJR東海道本線陸橋を越えて直ぐの坂下垂井の泉が有り交通量も多くウロウロ出来ず玉泉寺下のごみ集積所の駐車エリアに停める、が城名石碑の在る専精寺の石碑前に参拝者駐車場が有る。
 垂井城赤御影石の立派な城名碑と城主平塚為広の辞世「名の為に捨つる命は惜しからじ 遂にとまらぬ憂世と思へば」句碑が傍に並び立ってる。
 平塚為広は関ヶ原合戦前に1万2千石で入封し垂井城を整備し、合戦では西軍大谷吉継軍と共に戦い指揮し善戦するが寝返りに抗せず、吉継に辞世の句を送って討死した。(案内板抜粋)

 ガイドに使った城郭放浪記さんのGoogleMapを見ると史跡長屋氏屋敷跡(直線で200m程)、史跡池田輝政陣跡(直線で300m程)が目を引き訪ねました、また国道21号線御所野交差点から南に美濃一宮南宮大社が鎮座してます今回は遥拝のみ。

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イオ

玉の輿の余恵 (2020/09/27 訪問)

徳川綱吉により生母・桂昌院の異母兄・本庄道芳が旗本に取り立てられ、その孫・本庄道章が加増を受けて岩滝藩を立藩。後に高富に陣屋を移して高富藩となり、文化3年(1806)には8代藩主・本庄道昌が陣屋を現在の地に移し、明治維新を迎えました。

陣屋跡は山県市役所美里会館になっており、遺構はありませんが、敷地内に「陣屋の跡」の石碑が建てられています。

…と、石碑だけでは見どころがないので、高富陣屋とは関係ありませんが近隣の史跡をひとつ。

高富陣屋から南に約1km行くと「だるま観音」とも呼ばれる大龍寺があります。本堂の前に達磨大師座像が鎮座し、達磨堂には大小さまざまなだるまが並ぶ禅宗のお寺ですが、土岐氏との関係が深く、稲葉一鉄ゆかりの品も収蔵されているようです。また、ドウダンツツジの名所でもあり、春の花の時期(4月中旬)と秋の紅葉の時期(11月下旬)が見ごろなんだとか。
 

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todo94

2巡目の続日本100名城のスタンプラリー23城目① (2020/08/11 訪問)

登れる灯台スタンプラリーで角島灯台を狙っての山口行き、山口県内では8月下旬に新型コロナウイルスの感染拡大が起こっているので絶妙なタイミングでした。今回初めて大路ロビーにてスタンプゲット。お盆期間中は休みで外にスタンプが出ていました。雨が降っていて傘をさしながらの捺印に少々難渋してしまいました。大路ロビーのすぐ隣は三文字屋跡で吉田稔麿止宿之地の石碑が立っています。ともに国史蹟の大内氏館と築館はいつもセットで訪れてしまいます。

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橋吉

三好政権の本拠地 (2020/10/07 訪問)

芥川山城は標高182.6mの三好山に築城されています。
1533(天文2)年、細川政元が入場し、細川政権、その後継と言える三好政権の本拠地となりました。

芥川山城の登城口は住宅街にあり、近くに駐車場がありませんので、1km程離れた摂津峡公園下の口駐車場にバイクを駐めました。
自動車・大型バイクは1000円かかりますが、それ以外の二輪車は脇の臨時置場に駐めることができ、無料です。

まずは、摂津峡大通りを東に向かって、塚脇バス停まで歩きました。

ここは、芥川山城に関する掲示物がいくつもあり、さながらミニギャラリーとなっているので登城前に寄ることをお薦めします。

集落を高槻黄金の里特別養護老人をホームめざして北上します。
この西側を道沿いにさらに北上します。
最初の分岐点は直進し、
二つめの分岐点で右に進みます。
なだらかな登り坂が続きます。

5.36 km 所要時間1時間50分でした。

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エグ1394

諏訪原城 (2020/10/14 訪問)

諏訪原城へ行ってきました。
諏訪原城ビジターセンターで御城印を購入しました。
諏訪原城は武田勝頼が徳川領であった遠江侵略の拠点として築城した城です。城内に諏訪大明神を祀ったことからこの名がついたとされます。武田氏と徳川氏の間で激しい攻防が繰り広げられましたが、1575年(天正3年)には落城して、徳川氏の城となりました。徳川氏時代には「牧野城」と呼ばれましたが、武田氏が滅亡すると存在意義が薄れ、廃城となります。現在は建築物は残っていないものの、甲州流築城術の特徴である丸馬出や三日月堀が残っており、枡形虎口などの遺構も残ります。戦国時代の武田氏・徳川氏の築城様式を知る上でも貴重な城址で、国の史跡に指定されています。また付近には家康が諏訪原城を攻略するために築いた付城である火剣山砦跡もあります。

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エグ1394

小山城 (2020/10/14 訪問)

小山城へ行ってきました。御城印を購入しました。
小山城は武田四天王のひとり、馬場信春によって築かれた城です。徳川家康との激しい戦いが繰り広げられた城として知られています。現在は能満寺山公園として整備されており、甲州流築城術の特徴である丸馬出し、三日月堀が史料を元に復元されています。また、かつて物見台があったとされる三の丸跡に犬山城天守をモデルにした模擬天守(展望台小山城)が建てられています。

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エグ1394

駿府城 (2020/10/14 訪問)

駿府城へ行ってきました。御城印を購入しました。
駿府城は徳川家康が大御所となって隠居した際に使われた城です。天下普請によって大修築され、城郭史上最大の天守台が築かれました。天守は家康により3度建てられましたが、城下の火災が延焼して焼失しました。現在、中堀の内側にある旧二の丸と本丸が「駿府城公園」として整備されており、石垣や堀を見ることができます。また巽櫓と東御門、坤櫓が復元されて資料館として公開されています。
駿府城では、天守が焼失した後は天守台(天守の下の石垣造りの土台)だけが残っていましたが、駿府城が廃城になった後の明治29(1896)年に、天守台は取り壊され、その土砂で本丸堀が埋め立てられました。
 静岡市では、かつて天守が建っていた跡地の整備方針を決定するため、事前に天守台の正確な位置や大きさ、石垣の残存状況などの学術的データを得ることを目的に、発掘調査を行うこととしました。発掘調査は、2016年8月に開始し、2020年3月まで掘削による調査を行いました。2020年4月からは、出土した遺物の整理や調査報告の作成を行っています。   

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エグ1394

山中城 (2020/10/13 訪問)

山中城へ行ってきました。御城印を購入しました。
山中城は小田原城の支城として、北条氏康によって築城された中世の山城です。箱根十城のひとつで、日本100名城に選ばれています。1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の際に、豊臣秀次率いる7万の軍勢に攻撃され、わずか半日で落城しました。現在も当時の畝堀や障子堀の構造がきれいに保存整備されており、北条氏独特の城郭の構造を詳しく知ることのできる城跡となっています。

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赤い城

常福寺の裏に (2020/10/04 訪問)

常福寺の本堂が建っているところが主郭。
山門に石碑があり駐車場もあるので拝借しました。
本堂の奥に進むと手入れされた公園のようになっていて土塁が残ります。
虎口のところから下に降りると高い切岸になっていることがわかります。
西側に回ると空堀が素敵に残っていました。
登城時にも草刈りをされていて手入れがしっかりされていると思いました。

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エグ1394

小田原城 (2020/10/13 訪問)

小田原城へいってきました。御城印を購入しました。
小田原城は北条氏の居城として知られています。1590年(天正18年)の豊臣秀吉の小田原征伐の舞台となりました。現在は小田原城址公園として整備されており、日本さくら名所100選にも選定されています。天守は1960年(昭和35年)に外観復元されたものです。そのほか常盤木門や銅門、馬出門などが復元されています。土塁の城が多い関東地方において、主要部のすべてに石垣を用いた総石垣造りの城としても有名です。

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