中世の一大宗教都市であった石動山から荒山峠に向けた最前線でもあり能登・越中の国境線でもあるこの場所はたびたび戦の舞台になっている。越中の国境線は現在の県境とは比較にならないくらい強く意識されていたようだ。
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2024/01/23 07:15
2022/09/01 07:05
2022夏の青春18キップ13日目:荒山城 (2022/08/01 訪問)
森寺城からの転戦です。枡形山登り口駐車場(36.955896、136.941968)に駐車しました。
築城年代は定かではないようですが、石動山天平寺によって築かれた砦が始まりとされ、一時阿尾城主の菊池入道の城となっていました。
1582年(天正10年)本能寺の変で織田信長が倒れると、越後の上杉氏を後ろ楯として畑山旧臣の温井氏、三宅氏や石動山天平寺の衆徒が立て籠もりますが、前田利家や佐久間盛政の軍勢が攻め落としました。
その後は佐々成政の軍勢が守っていましたが、1584年(天正12年)の末森城合戦で前田利家の軍勢が攻め落とし、翌1585年(天正13年)の佐々成政討伐でも使用されました。
現在は公園として整備されています。主郭は山頂にあり北へ向かって段曲輪があります。
時期的に草が生い茂っていたので堀切、竪堀、切岸など遺構がよく確認できませんでしたが、眺望は素晴らしいです。
城址内は階段が多く付けられています。主郭西側下にあった建造物を模擬櫓と言っていいものか。。。
ここも藪蚊が多く、夏の攻城は防虫ネットと手袋は必須です。
攻城時間は35分くらいでした。次の攻城先=末森城に向かいます。
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分類・構造 | 山城 |
---|---|
築城主 | 不明 |
築城年 | 不明 |
主な城主 | 一向一揆勢、菊池氏、畠山氏、温井氏・三宅氏、佐々氏、前田氏 |
廃城年 | 天正13年(1585) |
遺構 | 曲輪、堀切、竪堀、切岸 |
指定文化財 | 町史跡 |
再建造物 | 模擬櫓、碑、説明板 |
住所 | 石川県鹿島郡中能登町芹川/富山県氷見市小滝 |