近江高島駅を出てすぐ。市民病院のわきを抜けるとこじんまりとした林のような場所の中に石垣が見える。天守跡で小ぶりだが大きめの天然石の野面積みで迫力がある。当時は琵琶湖に面した水城で水運を抑える役目もあった。この大溝城の城主だったのは織田信長の甥である織田(津田)信澄。この信澄という人はとても興味深い人で、信長に謀反を起こして誅殺された勘十郎信勝の子でありながら実子さながらに厚遇され、近江の要地である高島郡と大溝城を与えられた他、本願寺退去後の大阪城番も務めている。信長の側近としての活動も多い。よほど優れた人物だったのか、自分が殺した弟の子ということで特別な感情があったのか。悲しいことに本能寺の変後の混乱で信長の実子の信孝に殺されてしまっている。明智光秀の娘婿だったので変への関与を疑われたというが、恐らく信孝に後継者争いで邪魔になると思われたのだろう。信澄に関する資料は少なく人物像はよく分かっていないのだが、もっと詳しく知りたくなる人である。
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