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昌官忠

関西遠征 (2019/09/02 訪問)

道の駅ウッディ京北駐車場(35.156039135.633487)に駐車しウッディ京北で縄張図を入手後、京北自治振興会倉庫横の駐車場(35.158422、135.630211)に駐車して攻城。
登城口案内板を通り過ぎ、6郭手前あたりで登山道は切通状になっており、そこを過ぎ5郭に向かう道は狭くかつ崩れていたが、人の足跡があったので先に進んだ。
4郭虎口の東側はNHK受信施設があるようですが、自分は3郭へ向かいました。3郭へは急坂を直登する道と斜面沿いの道がありますが、斜面沿いの道を進みましたが、斜面が急で怖い(落ちたら確実に大怪我!)。
3郭に入り本丸方面を見ると石というか岩が道上にゴロゴロしていました。本丸に入り、モニュメントと天守台らしきもの、井戸らしき窪みを確認しました。西曲輪方面に向かい石垣を確認したかったのですが時間の都合で断念。ここで引き返しました。攻城時間は100分くらいでした。

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/02 訪問)

園部公園駐車場(35.105414、135.470706)に駐車して園部城を攻城後、安楽寺に移動し太鼓門の写真を撮りました。安楽寺攻城時の駐車は門入口付近の空スペース(35.071273、135.553965)に路駐しました。
巽櫓と櫓門、番所は京都府立園部高校の敷地内にあり、太鼓櫓は八木町の安楽寺に移築されています。園部公園内にある天守風の建築物は南丹市立文化博物館です。(攻城時は月曜日だったので閉館中でした)
攻城時間は45分(安楽寺移動の20分を含みます)くらいでした。

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/02 訪問)

舞鶴市西総合会館横の駐車場(35.447157、135.330301)に駐車して攻城。
本丸と二の丸の一部が舞鶴公園として整備され、大手門と模擬二重櫓が復元されています。園内には歴代藩主の資料が展示された田辺資料館がありますが、自分が攻城したのは月曜日&8時前だった為、閉まっていました。
当日は雨が降っていましたが、攻城時間帯がちょうど子供たちの登校(舞鶴市立明倫小学校)時間帯と重なり、子供たちの登校の邪魔にならないように写真を撮りました。攻城時間は25分くらいでした。

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todo94

2巡目の続日本100名城のスタンプラリー22城目 (2020/08/09 訪問)

天気予報は芳しくなかったのですが、望外の晴天に恵まれました。これが3度目の上ノ国勝山館ですが、すべて晴天に恵まれています。素晴らしい眺望が得られるスポットですので、晴天下の攻城は嬉しい限りです。

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げんじい

御城印をはじめました (2020/09/25 訪問)

大雨でした

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野良犬

山全体が城域で痕跡が豊富、見所は尽きない (2020/09/15 訪問)

”麒麟がくる”でも登場しましたが、土岐氏が戦国時代末期に美濃国守護として治めた地であり、斎藤道三に攻め落とされた山城です。
登城口は二箇所あります。おおが城山公園駐車場近くの古城山登山口からのけんきゃくコース約2.1㎞とはじかみ林道登山口からの約750mで山頂(天守跡)です。両方とも駐車スペースは十分でトイレもあります。どちらの登城コースもよく整備されていますが、途中に急傾斜や滑りやすい所があるのでそれなりの靴が必要です。はじかみ林道登山口は県道に進入路の案内板があるのですが、小さくて目立ちません。
古城山は全体が大桑城跡と言って良い程、あちらこちらに曲輪、堀切、石垣などが点在します。あまり夢中になると道迷いを起こしかねません。全体像を掴むには何回も訪れる必要があります。
山頂にはミニチュアの模擬天守があり、天守越しに金華山岐阜城も望めます。
城下には尾張、伊勢、越前、近江の四カ国の加勢を受けて築いた四国堀や甲斐の恵林寺で織田信忠に焼かれ「心頭滅却すれば火も自ら涼し」の辞世を残した快川紹喜もいた南泉寺、明智光秀の桔梗塚があり、見所は尽きません。
タイミング良ければ、名物?現地ボランティアガイドさんに解説してもらいながら案内もしてもらえます。
御城印(200円)は焼き討ちされた大桑城をイメージした焼き目がつけられているのが特長で、山麓の四箇所(https://gifu-kiringakuru.jp/event/001075.html)とボランティアガイドさんから頂けます。

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にのまる

高崎市の本気‼︎ (2020/09/26 訪問)

 しりとりの聖地・長岡城からの帰りに高崎で途中下車しました。初めて行った6年前の記憶はイノシシ注意のロープが張られ少ししか入れなかった本丸と草木が繁茂して下りられなかった空堀。そして「あれが赤城山で…」と現地ガイドさんに教えていただきながら眺めた夕景。なので本格探検するのは今回が初めてです。
 前回は駐車場のある搦手口から登りましたが、今回は榛名口から行ってみました。しかし中央コースに入るところに「熊出没注意」の新しめの看板があったので観音様口に変更。こちらも中央コースに合流でしたが水の手曲輪を経て無事木俣に出ることができました。
 そして楽しみにしていた復元郭馬出西虎口門。その凛とした立ち姿が大堀切と土橋と見事に調和して馬出がより強固に感じられ、強さと美しさの相乗効果がもたらす威圧感が伝わってきました。
 本丸と御前曲輪の間の大堀切は撃たれ放題の広さと気持ちよさ。蔵屋敷の方に下り、堀底道を進むと木橋整備工事中。完成したらまた新たな見どころとなりそうです。
 ここまで傘をさして何とか見てまわりましたが、ぬかるみの中を320メートル先の稲荷曲輪までは行けそうもありません。石垣も見つけていないし、コース案内に従って散策路を全体の半分くらい歩くにとどまったので全体像も掴めないまま。なのでまた行くことにします。私は永遠の18才なので、今度は6年もあけずに冬の青春18きっぷで行く予定( *´艸`)クスッ♪

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笠寺小学校 (2020/10/09 訪問)

 小豆坂七本槍のひとり、岡田重善が城主であったこともある城址です。名鉄本星崎駅から歩いて5分くらいところにある笠寺小学校に城址碑と案内板があります。門の中にありますが門外から写真は撮影できます。秋葉神社にも城址碑があります。

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於大の方生誕の地 (2020/10/09 訪問)

 徳川家康の生母、於大の方の出生地と伝えられています。JR武豊線緒川駅から徒歩10分のところに緒川城の案内板と石碑、そして傳通院於大出生地の碑があります。土塁の一部を見ることができます。
少し西に行くと於大公園があり、水野氏の菩提寺である乾坤院があります。総門は小川城より移築したとされていますが、雨が強く降っていたので行きませんでした。

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白山神社 (2020/10/09 訪問)

 名鉄富貴駅より徒歩5分弱、白山神社、円観寺周辺が城址です。円観寺に案内板があります。土塁が少し残っています。

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/01 訪問)

追入神社駐車スペース(35.111407、135.120994)に駐車して攻城。
追入神社登城口から登りはじめて、鐘のある神社横を過ぎて進むと鳥居下金網フェンスに着きます。ここまで、登城口から7~8分(300m~400m)。ここから頂上まで1Kmになります。金網フェンスを開けて「大乗寺と鬼の架け橋」分岐点を「鬼の架け橋」方面に進むと園林寺跡に着きます。ここから3分くらいで馬場跡です。ここからすぐ先に「鬼の架け橋と金山城跡」の分岐点ですが、どちらに進んでも「金山城跡」に行けます。自分は「鬼の架け橋」方面に進み「金山城跡」を目指しました。
登城路は緩やかな坂が多いですが登り易く、案内標識もありますので迷うことはないと思います。
登城路上、竪堀らしきものや本丸付近で石垣、土塁、虎口が確認できましたが、なんといっても「鬼の架け橋」です。絶妙なバランスで乗っている岩は凄いです。これを見るだけでも十分感動ものです。攻城時間は90分くらいでした。

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/01 訪問)

太鼓櫓駐車場(35.129222、135.078011)に駐車して太鼓櫓見学後、徒歩で陣屋跡に向かいました。徒歩で5分(400m)くらいで着きました。
陣屋跡に着いたのは16:45くらいだったので、すでに陣屋跡は閉まっており中に入ることはできなかったので外観のみ写真を撮って、付近を散策して撤収しました。攻城時間は20分くらいでした。

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昌官忠

関西遠征 (2019/09/01 訪問)

出石城攻城時に併せて攻城といいたいところですが、当日は雨が降っていたこと及び時間の都合で登城口までの攻城となりました。
出石そばを現地で食べること(お土産では買いました)と有子山城再攻城を今後の目標にします。

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昌官忠

関西遠征・続100名城制覇 (2019/09/01 訪問)

豊岡市営支所南駐車場(35.461191、134.874722)に駐車して攻城。続100名城スタンプはいずし観光センターで押印しました。
登城橋➡登城門➡下の曲輪➡西の曲輪➡二の丸➡本丸(東隅櫓、西隅櫓)➡稲荷曲輪➡恵方稲荷➡山里丸➡有子橋➡家老屋敷➡辰鼓楼の順番で見学しました。遺構としての東隅櫓と石垣、堀及び復元ですが登城橋、登城門、西隅櫓が印象に残っています。それと城址北側にある辰鼓楼(現存の明治初期の時計台)もいい味出していました。当日は雨が降ってましたが、良くし美されているので見学し易かったです(今回は有子山城は登城口までだったので、雨の影響はありませんでした)。
ここは城址より出石そばが有名なのですが、時間の都合で食べられず、お土産として買いました。攻城時間は60分くらいでした。

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todo94

12年ぶりの再訪 (2020/08/09 訪問)

前回は標柱のみのチェックでしたが、今回は上の郭のほうまでしっかりと登ってきました。近くの旧笹浪家にも寄ってトランヴェールに載っていた蝦夷錦もチェックすることができました。

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ぴーかる

三雲城 (2020/09/21 訪問)

【三雲城】
<駐車場他>城跡入口前に4台程の駐車スペースあり。
<交通手段>車

<見所>巨石・曲輪・枡形虎口・石垣・堀切
<感想>この城は現地説明板を要約すると、三雲氏の主家佐々木六角氏が逃げ込み用の城として長享2年(1487年)に三雲典膳に築かせた。六角氏が観音寺城に攻め込まれた際は幾度もこの三雲城に逃げ込み、「六角氏の逃げ城」として匿い、敵と戦った。三雲氏は六角氏の筆頭として宿老となる。信長の近江南・京都進攻に際しては最後まで抵抗したが、元亀元年(1570年)信長家臣の佐久間信盛の攻撃を受け落城した。中村一氏が甲賀の岡山水口城築城の際にこの城の石垣を持ち出した。三雲氏は後に徳川氏に仕え、旗本として続いた。

 お城EXPO滋賀・琵琶湖に行ったあと、行きました。まず旧青少年自然道場に寄って、御城印を購入とお城カードもらいました。施設内がミニ三雲城の資料館になっていますので土日に行って立寄ったほうが良いです。館内の方にも丁寧にご説明していただきました。
 登城口は整備されているのですぐわかり、駐車スペースもあります。登城口からすぐ右方向に行くと八丈岩、まっすぐ進むとそのまま大手道になります。巨石好きの私は真っ先に八丈岩の方をチョイス。八丈岩はかつての物見岩だったようです。現在では谷に落ちそうで落ちない岩は合格祈願の地にもなっています。高さが八丈=約24mもないので、岩周囲の長さか?と思われる。一帯が巨石群になっており、少し登ると六角氏の家紋が彫られた巨石があります。表示板が岩の下にあるので、箇所は岩の真中辺り、登城口の説明板を確認して見付けて下さい。そこから細長い武者走りを抜けると広い兵站地に出て大手道と合流します。大手左手に近代の採石場跡もあり、かつては巨石を利用した城だったことがよくわかった。兵站地から十数m切岸の上が主郭になります。主郭上方は石垣で取巻いていたようで、矢穴の石垣が一部残存しています。主郭手前に枡形の穴太積み石垣虎口が残っています。主郭は山の最上部ではなく、ここからまた少し登って四方の尾根沿いに広がる曲輪・堀切があります。

 行きたかった城跡の一つであり、狙い定めて訪城したので、期待通り大満足でした。

<満足度>◆◆◆

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チェブ

美しい水堀の巻。 (2020/09/21 訪問)

昨日に続き「鶴ヶ岡城」の水堀を投稿します。
まず、市役所・裁判所方面から鳥居をくぐる前、右手に石垣が見えました。観光バス用の駐車場の前です。
この後、石垣は見なかった気がします。
、、、水堀が記憶に残り、写真を見て思い出しました。
「鶴ヶ岡城」は土塁が多く石垣は主要部のみだったらしいので、写真を写しておいて良かったです。
鳥居をくぐって本丸の庄内神社から右手に進みました。
すると水堀が見えてきます。
ぐるりっと左回りして大宝館、のルートで歩きました。
途中、藤沢 周平さんの作品とゆかりの地を紹介する案内板がありました。
作品を読んだ事はないのですが、「たそがれ清兵衛」「蝉しぐれ」「武士の一分」等々、映画・ドラマ化された作品は知ってました。
見てないんですけど、、、。
江戸時代の貧困な下級武士の物語のイメージです。
立派で整備が行き届いた「鶴ヶ岡城」=「鶴岡公園」を歩くと想像できませんが、庄内藩も飢饉や疫病で大変だったのでしょう。
お城攻め行けない日は、藤沢 周平さんの作品を読んでみようと思います。
って、水堀の内容を変更してお伝えしました!
毎度毎度、お城から違う話になってしまう事、お許し下さい。

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みやびと

山上城 (2020/09/20 訪問)

想像よりもかなり遺構が残っていました。

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十郎

甲冑武者と遭遇 (2020/09/21 訪問)

郭馬出西虎口前で発見!

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十郎

本丸土塁 (2020/09/21 訪問)

雄大な土塁が県庁裏に残ってました。

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