望月城から谷を隔てた南にあります。整備された道はないので直登します。全体的に望月城よりは起伏は無いですが、それでも充分遺構を楽しめます。
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2020/12/18 18:14
2020/12/18 18:09
名残の紅葉 (2020/12/10 訪問)
以前に園部城を訪問したので、小出氏の居城であった出石城にも行ってみたくなり、青春18切符の使用が解禁となる12月10日に訪問しました。
JR山陰本線の豊岡駅からバスで約30分で、城下町に着きます。
この城(藩)を取り巻く歴史を良く解らないまま訪問したのですが、鉄道の駅からこれほどまでに離れているには何らかの理由があると思われました。
出石城の内堀近辺や稲荷神社の参道付近には、まだ名残の紅葉が残っていることが印象的です。
城の構成は、背後にある有子山城を詰めの城として(麓から石垣を遠望できます)、上段から稲荷郭、本丸、二の丸と段々の構成になっていますが、本丸の規模もそれ程大きいものではなく、復元された隅櫓はありますが、天守台はありません。
何となく、城とその周辺の雰囲気が、龍田城(兵庫県:播磨)に似ており、小さな城下町としての雰囲気を残しているように思います。
背後にある有子山城に登らなければ、ゆっくり城跡を見て90分というところかと思います。
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2020/12/18 17:03
神武山公園として整備されてる (2020/11/29 訪問)
鳥取湖山池の近く吉岡温泉に泊まった翌日、コンビニで地域クーポン券を使って昼弁当と土産をゲット、布施に在る実家現在は空き家で兄弟が帰省のたびに使ってるだけですが気に成り様子を見て、新山城をチョイ寄り。
最近部分開通してる無料山陰近畿道を走って見たくも有り但馬の豊岡城を目指しました、東に約70km程、2時間か?山陰海岸国立公園を走っている国道178号線と並行して居り、国道、高速交互の走行、部分に名勝景勝地も有り、高速は滑らかに走り、1時間半で早く到着。
ナビはガイド古城盛衰記さん案内で豊岡図書館(兵庫県豊岡市京町12)の北側駐車場に合わせる、大きな駐車場、トイレは図書館利用。
今回の九州未踏の城廻り累計38城目、豊岡城を初登城、登城前に駐車場でコンビニ弁当を食べて探訪開始、図書館前に豊岡県庁正門、薬医門、以前はこれから行く久美浜陣屋の門だったとか?を見学し、隣の京極家屋敷周囲と屋敷門を眺めて図書館の南に立ちはだかってる神武山、南の道を西に少し行くと神武山公園駐車場(10台位)と登城口が有る、尾根までコンクリの階段が三段折れで本丸下まで、本丸はやや広い西側に天守台の標柱、天守台跡はよく分からない、眺望は良好、西一段下がって笠の丸、萩の丸の標柱は有るが位置不明、本丸の北側崖筋道を通り元の図書館へ。
比高30m程桜の名勝で春は賑やかな事でしょう。
歴史は但馬守護山名氏の本城此隅山城の出城として城崎城築かれた、秀吉の但馬征伐で山名氏が滅ぶと秀吉配下の宮部継潤の支配、宮部氏は城崎を豊岡と改め城を改修、城下を整備これが今の豊岡の基礎と成ってる、江戸時代に入ると杉原氏が城主と成って三代続くが無子改易一旦廃藩廃城、寛文8年(1668年)に京極高盛が入封、神武山の麓に陣屋を築き9代続き明治を迎える。(案内板、古城盛衰記さん抜粋)
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2020/12/18 14:52
布施街道の見張り城郭 (2020/11/29 訪問)
前日鳥取の近くで城びと未投稿の河口城(鳥取県東伯郡湯梨浜町泊)と会下城(鳥取県鳥取市気高町会下)を雨の中訪ねましたがもう一城、新山城(鳥取県鳥取市徳尾)を翌日に訪ねました、今回の九州未踏の城廻り累計37城目。
新山城は帰省の折よく通行してる道筋で布施国体道路と現国道29号線の交差点南西角に在り、崖上には貯水タンクが在り立ち入り禁止地区と成ってる。ここも城跡だったのかと思った次第。
案内板、資料も無く、鳥取市文化財課発行の山陰の城館跡、因幡の山城小冊子にも掲載が無いので、日本城郭全集11鳥取県島根県山口県編人物往来社昭和42年発行より新山城を調べると下記の様。
歴史は天文(1532~54年)の頃布施の因幡守護山名誠通に依り、但馬の山名裕豊との国境抗争で鳥取城と新山城を同時に築いた、布施の本城天神山城を防御する出城、新山城は千代川西の山尾根先端崖上で鳥取、布施の往来が真下に見える見張り砦、定番として家老中村伊豆守を置いた、現在は国体道路、国道29号線開通、貯水タンク設置等で大幅に壊されてるが城址上には城の平、曲輪が有る様です。
今回の探訪は徳尾貯水タンク登り坂、国道29号線と布施国体道路の交差点の南側約100m(国道29号線下り側)程の所に登り坂が有り、車は登り坂に突っ込み路駐、但し坂道の途中にフェンスが有り立ち入り禁止。
坂道を撮影したのみ、北より新山城はの全景を撮ろうと29号線を北に走るが交通量多く路駐できず撮影断念。中途半端に成りました是非次の方の投稿を宜しくお願いします。
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2020/12/18 09:21
「お城EXPO2020」で駿府城跡天守台発掘調査の成果、保存、活用についてお話しします!
静岡市からのお知らせです。
今週末開催される「お城EXPO 2020」で、駿府城跡天守台発掘調査の成果などに関して、実際に発掘調査に携わった静岡市歴史文化課の職員がお話しします!
2016年8月から2020年3月まで行われた発掘調査では、たくさんの大きな発見がありました。日本一大きい慶長期天守台、そしてその内側に重なるようにして発見された天正期天守台、これら2つの天守台に加え、たくさんの金箔瓦も出土しました。
実際に調査を担当した職員がその成果について発表します。調査した本人だからこそ語ることができる貴重な話をお楽しみに!
ぜひご参加ください!
【お城EXPO 2020 ワークショップ&セミナー】
12月20日(日) 12:10~13:10
『駿府城跡天守台発掘調査の成果と保存、活用』
(静岡市観光交流文化局歴史文化課 増山 慎)
※ご参加いただくには整理券が必要です。詳しくは公式HPをごらんください。
http://www.shiroexpo.jp/theme/
ブログで最新情報をチェック!「発掘情報館きゃっしる 別館」
http://www.shizuoka-bunkazai.jp/castle-info/
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2020/12/18 08:14
クラブツーリズム群馬県に残る真田氏ゆかりの城日帰りツアー③ (2018/08/25 訪問)
「クラブツーリズム群馬県に残る真田氏ゆかりの城日帰りツアー」3城目(ラストです)は名胡桃城です。
続100名城スタンプは「名胡桃城址案内所」で押しました。
名胡桃城は沼田氏が沼田城の支城として築いた城です。真田昌幸が領主の時代、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の誘因となった城としても知られています。
ささ郭、本郭、二郭、三郭などの主要部が直線に並んだ連郭式の山城で、各郭は堀切で分断され、周囲は旧な崖や土塁・柵・櫓で守られていたようです。高田氏が良く用いる丸馬出も確認できます。
国道17号線沿いにあり行きやすい場所だと思います。城址には案内所があり、資料などが展示されています。岩櫃城/沼田城/名胡桃城のスタンプを押してクリアファイル貰えます。攻城時間は40分くらいでした。
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2020/12/18 07:00
2020/12/18 01:58
499歳 (2020/11/13 訪問)
都内軟禁が続いた今年は江戸城、八王子城、そして滝山城をぐるぐるまわっていました。近場なので普段あまり意識していないのですが、すんごいところばかりです。
滝山城は来年500歳。ということで加住市民センターで開催されていた企画展に寄ってから登城しました。山の神曲輪でいつものお茶タイム。領民の最後の避難場所だったという山の神曲輪に行く道を駆けていると自分も何者かに追われているような気持ちになります♡
籠城するための避難場所、千畳敷ではどんぐりを拾って500歳おめでとうメッセージをつくりました。
紅葉にはまだ早かったのですが、本丸の霞神社の紅葉が真っ赤に色づいてきれいでした。そして、久しぶりに搦手までおりてみました。数年前に友人と来たときに「搦手からの進入路」を行けるところまで行ってみたのですが今回は上から見るだけ。それでも凸凹具合がよき眺めでした。
秋川の向こう側からお城全体を遠望するのもよいなと思ったのですが、橋があまりにも遠く、JRの駅に出ても帰れない(こともないけれど面倒)ので行くのはやめて、でも同じ道を戻るのは面白くないので、かたらいの道を通ってみることにしました。とても気持ちのいい散歩道です。滝山二丁目🚏に抜けるつもりだったのですが、手前にもう一本曲がれる道があって、案内板などはなかったけれどどこかに抜けられそうだったので行ってみると、右手に馬、左手にドラえもんがいて、丹木一丁目🚏に出られました。次回は滝山二丁目から上がってみます。
写真⑨はARアプリで撮った木橋です。AR滝山城アプリはNPO法人「滝山城跡群・自然と歴史を守る会」の監修で、同法人編集発行の書籍「戦国の城は民衆の危機を救った―関東王国の平和を求めた八王子城主北条氏照―」(中田正光著)もこのあたりのことがよくわかり、お気に入りの一冊です。
守る会の方々は毎月この広大な山城の下草刈りをしてくださっていますm(_ _)m
おかげさまで四季を通じ、いつふらっと行っても浮世を忘れて楽しめて、さらに戦国時代にタイムスリップしながら運動不足も解消でき、いいことづくめです。
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2020/12/17 21:34
2020/12/17 20:50
立山城 [千葉県千葉市緑区大木戸町1051] (2016/01/16 訪問)
JR外房線土気駅から南に真っ直ぐ・大椎城の傍にあるチバリーヒルズに至る道を南に進まずそのまま道なりに大きい橋を渡った先・上り坂の途中の脇道を右手に入った先に立山城があります。
チバリーヒルズが高級住宅地感満載なのに、そこから近い場所にまさかの不法投棄祭りの場所が・・・そこは立山城の超浅くなった堀だったりして。。。(歴史的重要な場所がこんなところばかりだから県知事を良く思えないんですよね・・・)
その先、ちょっと広くなった場所に石碑とお手製の解説板があります。
(自分は未確認ですが、かなり奥に小さなお社があり、その脇に「立山城之護神跡」の石碑がある様です。)
確認出来た遺構は先に書いた堀と広くなった曲輪と思われる場所くらいしか無かったので、上記の石碑も見ておきたいところです。
大椎城のある城山に見学当時に開発の手が加わっていた事、その後に大椎城の解説版が取っ払われた情報入った事より、もしかしたら大椎城もこの先長く保存されない事を考えると、立山城にも影響しそうです(大椎城がなくなると立山城に足を運ぶ方は更に減りそうですし)
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2020/12/17 18:26
甲賀市 方形城跡 (2020/11/22 訪問)
典型的な甲賀市の城跡です。方形で谷を挟んで支城があります。
竹林の中に巡る遺構はとても保存状態が良く、感動しました。ぶ厚い土塁、急な切岸、しっかりとした横堀等素晴らしいです。
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金沢城に行きました (2019/08/24 訪問)
金沢城に行きました。
加賀一向一揆の拠点から織田信長家臣の佐久間盛攻が築城しそのライバルの前田利家が入城した。
前田利家時代に天守もごうかけんらんに金箔瓦を使用した天守にしたが落雷で焼失(僕見たかったな)残念
今の城の姿は寛永8年(1631年です)に普請で作られたらしいです。
真っ白な建物を見るとさすが加賀100万石だなと思います。
皆さんも行ってみてください!!!!
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2020/12/17 17:33
雨に霞む鹿野城 (2020/11/28 訪問)
因幡会下城を終えて鹿野町の鹿野城へ今回九州未踏の城廻り36城目、鹿野城西山麓に在る寺参りと墓参りの前にチョット写真撮影し投稿させて頂きます。
車は神社前に数台、町中の観光駐車場に余裕有、トイレは神社前、観光駐車場に完備
城は亀井新十郎築城、山中鹿之助の婿、山中鹿之助を祀る幸盛寺が町中に在る、静かな良い城下町です。
この後に両親祖父母の墓参り、同敷地の寺にお参り約1時間程参拝、院家、坊守さんと一年以上振りのお茶を飲みながらのお喋りを楽しみました武漢コロナウイルス禍の影響です中々参拝出来ない。
今夜は豪華に鳥取西隣吉岡温泉泊りで解禁明けの松葉ガニ三昧、久しぶりの楽しみです。
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2020/12/17 17:02
山陰道トンネルの上が城跡 (2020/11/28 訪問)
伯耆河口城を終えて雨の中ですが国道9号線を故郷の青谷町へ、初のコンビニが出来たと旧友言ってましたが寄って故郷の中学校を眺めて無料山陰道青谷ICを入り隣の浜村鹿野温泉ICを降りる、会下城を目指す今回の九州未踏の城廻り累計35城目。
浜村鹿野温泉ICから気高青谷広域農道を青谷方向へ山越えトンネルを通過し県道198号線を越えて青谷方向へ、一本北の道へ進むと尾根筋下に案内板、登城口に在る、駐車場は無く路肩に路駐ギリギリ寄せれば離合は可能。
雨も降って居り登城口は急で縄伝いに登る道、危険に付き案内板と周辺を撮って終了。
城は尾根筋北西に延びてるガイドは古城盛衰記さん案内と写真が大変役に立ちます。
歴史は案内板によると逢坂与十郎が居城、村の前に屋敷、元亀天正の頃日本海の姉泊の浜頭から大軍が押し寄せる、与十郎は村人に助けられ辛うじて青谷方向に落ち延びたが城は落城したと。
この峠道は古代の山陰道辺りに当たり、今回の無料山陰道の工事で青谷浜村トンネルの青谷側で古代の山陰道の遺構が発掘調査で発見されていますので会下城も街道筋の見張り往来で賑わって居たかも?
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2020/12/17 16:27
泊港南の舌状台地先端の海城 (2020/11/28 訪問)
鳥取城を終えて新しく開通した無料山陰道鳥取西ICから青谷IC間を走行し西隣の泊東郷ICを降りて国道9号線を鳥取方向に戻る伯耆の東泊港に在る河口城を目指す、今回の九州未踏の城廻り累計34城目。
河口城へは泊小学校へ9号線に架かる橋を海側から回り込み渡り小学校方向へさらに農道を三差路まで行き松崎方向へ進行降りていくほどなく進むと右手海側に河口城案内説明板が有る、車は幅広のエリアに路駐、交通量は少ない。草が刈られてましたが道を下に降りていく公園広場が有る、ここが城跡かと思い打ち切りましたが、案内板と今回ガイドの古城盛衰記さんをよく理解すると更に200m程下に城跡、石垣、曲輪、櫓台が有るそうです。
雨の中注意散漫で重要遺跡を見落としました。
次投稿の方に宜しくお願いいたします。
歴史は建武の新政で伯耆守護に任ぜられた山名氏から始まり国境の城で山名氏一族(河口氏)が城主、後に尼子氏の侵攻、毛利氏の侵攻、秀吉軍の攻撃で目まぐるしき城主交代も有り秀吉政権下羽衣石城の南条氏の所領と成った、関ヶ原西軍に着いた南条氏は没落廃城。(案内説明板より抜粋)
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2020/12/17 13:07
段丘堆積物層の山体 (2020/12/13 訪問)
野村城下調べの際に、城びとの先達、あきおこさん記事に、「右手に豪邸があるので、そこを越えて」とあり、また、城郭放浪記さんの記事には、「右側に立派な家がある」とあり、城跡だけでなくそちらも気になりました。間違えることなく、その通りでした。背丈程の石板が、広い敷地を隙間なく取り囲んで、吉野ヶ里を思わせました。
また、あきおこさんの記事に、「切岸の土の間から礫がみられる」とあったのも気になりました。野村城のあとに行った平井山本陣でも山頂にも関わらず、角が取れた礫が転がってました。調べると、明美高位段丘堆積物層で、かつて浅い海底や河川の河原であった平坦な地層が隆起して、侵食を受けていると。
立派な家を越えて、山裾に至ると、「有害野獣駆除の罠を仕掛けています」との注意看板あり。檻が見当たらないので、落ち葉の下に仕込んだ罠かもとびびるが、高まりの道を行くことにして先へ。
緩めの尾根を登りきると、本郭に至り、東の郭も含め土塁や屈曲した堀やがあり、見ごたえがありました。
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2020/12/17 12:40
2020/12/17 12:39
2020/12/17 12:38
2020/12/17 12:37
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