徳倉城の築城時期は不明ですが、備前の守護代松田元隆の四男元資が1476年頃には居城していたといわれています。元隆のの子で元成の代に金川城が戦国大名の居城として整備された段階で、徳倉城も金川城の出城として整備され、松田氏の重臣宇垣氏が代々居城した。
しかし、1568年頃、宇喜多直家により松田氏が滅ぼされると直家の重心遠藤河内守が都倉城主になった。
1600年の関ヶ原の戦いで宇喜多氏が没落し、小早川秀秋が備前国主になったころに徳倉城は廃城になったとされています。
徳倉城は、遠藤山の山頂に築かれた連郭式山城で、曲輪、土塁、石垣、井戸、空堀等が残り、現在に伝えています。
駐車場はありませんが、大手道登城口と案内板がある道路脇に駐車スペースがあり、駐車することができます。トイレはありません。
大手道登城口から、約20分程で本丸に到達できます。
この城の最大の見所は、何と言っても本丸虎口の高石垣です(*^-^*)。結構、急峻な登山道を登ってきても、この石垣を見ると疲れも吹っ飛んでしまいます(*^-^*)。この城は建物を除く城郭遺構はほぼ完存していて、見所の多い城跡です。
ただ、残念なことに大手登城口から登城し、大手登城口に下山したため、搦め手道沿いの竪堀を見逃してしまい、再訪しようと考えています(;´д`)トホホ
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