北新波砦を終えて南方面の山名城を目指したのですがナビ登録の駐車場に辿り着けず断念、次の目的地奥平城の登城口を目指して進行、今度は奥平城標柱の有る登城口(36°16'32"N 138°57'50"E)に到着、駐車場は無く少し広めの川手前に路駐。
奥平城標柱から登りそのまま2曲輪と本曲輪の堀道、本曲輪は崖の上で現在は畑、奥に2の曲輪、草が茂りその奥は竹が茂ってる、3の曲輪は崖下道で削られ分断、現在畑に成ってる、連郭式の造りで南東に突き出た台地上に造られ北、南が川で削られてる、両河川は3の曲輪先端で合流、川、台地、崖を活用した城郭でこじんまりして居ます。
奥平氏は在城200年の奥平城を引き揚げ8代貞俊愛知県新城市作手盆地に先ず川尻城を築き亀山城始め城砦を造り長篠合戦では長篠城を死守し有名です、後中津城10万石で明治を迎える、浜松から近くで在り作手の奥平氏の故郷との事で登城しました。
ガイド案内と情報は古城盛衰記さん余湖図コレクションさんに由ります。
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