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のり巻せんべい

桔梗の花が満開 (2021/07/10 訪問)

明智城の大手門、桔梗坂に植えられている桔梗の花が満開です、
桔梗の花が目的で明智城へ来られる方も見えます。

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イオ

【お城川柳】

週末の 天気予報に ヤキモキし

雨の城下町も風情がありますが、眺望や写真映えを考えると、やはり晴れるに越したことはありませんので、一週間ほど前から毎日のように目的地の天気予報に一喜一憂、ヤキモキしています。

…実は、昨日は岐阜に行くつもりだったんですが、雷の予報もあり延期にしました。小雨くらいはまだしも、昨日の東京のようにヒョウが降るような豪雨はやっぱり……ねぇ。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:城びと未登録(長野県高森町)吉田南城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の13城目は吉田南城です。
吉田本城から転戦。標柱入口付近空SP(35.558921、137.883279)に路駐しました。

築城年代は定かではないが、松岡城主の松岡氏家臣吉田氏の城と考えられているようです。
松岡氏没落と共に没落して城も廃城となったようです。

吉田本城の南の少し離れた位置にあり、同じく段丘の東端に築かれています。
北側に土塁のような地形が残る程度です。北の道路の入口に標柱が建っています。
攻城時間は5分くらいでした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:城びと未登録(長野県高森町)吉田本城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の12城目は吉田本城です。
吉田古城から転戦。車は吉田古城案内板前(35.562861、137.883623)にそのまま置いて徒歩で吉田本城に向かいました。

築城年代は定かではないが、戦国時代に築かれた松岡城主の松岡氏家臣吉田七郎の城と考えられているようです。
吉田本城の北西に吉田古城、南側に吉田南城があります。松岡氏没落と共に没落して城も廃城となったようです。

段丘の東端に築かれており、主郭,二の郭,出丸によって構成されています。
空堀に架かる土橋を渡り南西の斜面を斜めに登ると虎口があり、虎口には土塁が盛られています。
土橋に隣接する竹藪が曲輪で、その入口付近にも曲輪があります。
主郭は台形で東を除く三方を土塁が巡っています。南側の土塁の先端部には蚕玉社が祀られています。
主郭の東側は急峻な切岸となっており、かなり下の方に横堀があり、主郭の南側に続いています。
また、城の南側には重要文化財に指定されている竹ノ内家住宅があります。(自分は寄っていません)
攻城時間は20分くらいでした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:城びと未登録(長野県高森町)吉田古城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の11城目は吉田古城です。
大島城から転戦。案内板前(35.562861、137.883623)に駐車しました。

築城年代は定かではないが、松岡城主の松岡氏家臣吉田氏の城と考えられているようです。
松岡氏没落と共に没落して城も廃城となったようです。

吉田本城と同じ段丘上の北端にあり、本城の北西に位置します。方形に近い単郭の城です。
攻城時間は5分くらいでした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:大島城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の10城目は大島城です。
船山城から転戦。台城公園駐車場(35.577459、137.914944)に駐車しました。
当初は船山城➡名子城➡大島城の順で攻城する予定でしたが、千沢城での脱輪影響で名子城は城びと未登録でパスしました。

大島城は平安時代の末期、当時の大島町(現在の古町、新井地区のあたり)を支配していた豪族の大島氏によって造られた城で、戦争など有事のために天竜川へ突き出した攻められにくい土地を活用して築城されました。
戦国時代の1554年(天文23年)に伊那郡を攻めてきた武田信玄がこの城を大島氏から取り上げ、秋山信友に命じて駿河・遠江への侵攻拠点として1571年(元亀2年)に大改修させた城です。
1582年(天正10年)に織田信忠の軍勢が伊那に侵攻すると、飯田城を撤収した武田勢は大島城に兵力を集結させました。
しかし守将・武田信廉が城を捨てて甲斐に退却したため落城しています。

駐車場のトイレ前で入手できた縄張図には散策コースが描いてありす。マレットゴルフ場にはもったいない。
現在城址は「台城公園」として整備され、土塁や空堀など甲州流築城術の遺構を確認できます。とくに城正面に設けられた二重の三日月堀に囲まれた丸馬出は必見です。
攻城時間は25分くらいでした。

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にのまる

【お城川柳】

平成の夢も消えゆく時来たり

急げ💨

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:船山城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の9城目は船山城です。
飯島陣屋から転戦。御射山神社石碑前(35.614958、137.914108)に駐車しました。

船山城は、築城年代は定かではないが平安時代末から戦国時代まで春近領片切郷に勢力をはった片切(片桐とも)氏によって築かれました。 
戦国時代の1554年(天文23年)片切氏は武田信玄の伊那侵攻に対して松尾城主小笠原信定に従って武田勢を迎え撃ちますが、知久頼元の神之峰城が落城すると片切氏は、武田信玄の配下となりました。
1582年(天正10年)に織田信長による信濃侵攻が開始されると城主・片桐正忠は伊那衆とともに迎え撃ち、討死しました。
嫡男の片桐長公も大島城に籠城して討死したため滅亡しました。片桐城はこの時に廃城となりました。
なお豊臣秀吉と徳川家康に仕えた片桐且元は同族だそうです。

現在城址には土塁や堀切などの遺構を確認することができるようです。また大手口跡の御射山神社の鳥居前に城址碑と案内板があります。
時間の都合で神社の奥までは行っていません。
攻城時間は10分くらいでした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:飯島陣屋 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の8城目は飯島陣屋です。
赤須城から転戦。飯島町営駐車場(35.679085、137.924388)に駐車しました。歴史民俗資料館(35.680275、137.925093)は、ここから徒歩2分くらいです。

1593年(文禄2年)に三州街道の経路が改められた際、石曽根村ノ内に飯島宿が成立し町並みが形成されました。
天領の陣屋としては、飯田藩主脇坂安政の龍野藩への転封に伴い、信濃国伊那谷に生じた天領を治めるため、1677年(延宝5年)に設置されました。
当時は代官が執務を執り行う本陣のほか、代官一家が住まう屋敷、役人の住む官舎、長屋、納屋など付随する建物十数棟で構成されていたそうです。
飯島陣屋には必ずしも代官は常駐せず、信濃の他陣屋代官や他国代官(駿府、遠州中泉等)が兼務し、その出張陣屋となることが多かったそうです。
明治に入り、明治政府によって幕府天領地の接収が行われると飯島陣屋は廃止されました。
1994年(平成6年)に本陣が復元され、飯島町歴史民俗資料館として公開されています。

攻城時は開館時間短縮で閉まってました。(木・金と第2/第4土曜日しか開いていないようです)
攻城時間は10分くらいでした。

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昌官忠

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目:赤須城 (2021/06/29 訪問)

JR飯田線/身延線沿線城巡り3日目の7城目は赤須城です。
殿島城から転戦。城址公園駐車場(35.725319、137.958682)に駐車しました。近くに城標識(35.725192、137.958787)があります。

赤須城は船山城主・片桐(片切)為清の子である片桐孫三郎為幸によって、南北朝時代の暦応年間(1338~42年)の頃に築かれたとされています。
為幸は赤須氏を称し、以降代々の居城となりました。
戦国時代、赤須氏は宗家の片桐氏とともに武田信玄に従っていましたが、1582年(天正10年)に織田信長の信濃侵攻の際に攻められ落城すると、赤須氏は滅亡しました。

土塁や空堀などの遺構を確認することができます。
攻城時間は15分くらいでした。

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【お城川柳】

好きじゃない あやしい天守 街の顔

 新型コロナウィルスの影響で休日でも家にいる機会が多くなり「あやしい天守閣 ベスト100城+α」という本をぱらぱらと見ていました。模擬天守は昔から好きになれず、歴史と異なる建造物は多くに人に誤解をあたえるものではないかなどと、偉そうなことも思ったりしました。しかし東海地方に住んでいる私にとって岐阜城、浜松城の天守は若い頃からのなじみがあり模擬天守とわかっていても人生の1ページを飾っているモニュメントのような存在です。伊賀上野城の天守は個人が街のために私財を投じて作られたというエピソードや、木造でありいい雰囲気を醸し出しています。史実と違う建造物でも、それぞれの人に思いがあり、その街にとっては顔となっているのでしょう。年をとり少しは寛容になりましたかね。(笑)

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赤い城

紫陽花のお寺 (2021/06/27 訪問)

高幡不動の裏の丘が城址になります。
この時季は紫陽花が有名。
今回は城廻りと言うよりは紫陽花見物でした。
堀切通路に、竪堀はやや分かりにくい感じです。
立河原の戦いの際の臨時の砦だったようです。
土 方歳三ゆかりの寺でもあり境内に像が立っています。

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もふもふ

《お城川柳》

巣籠もりも 今とは違い 原城址

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もふもふ

《お城川柳》

松本城 残る弾痕 刀傷

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にのまる

【お城川柳】

城跡に孤高のイケメン凛と立ち

横顔がしゅてき❣️

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もふもふ

《お城川柳》

日焼け止め 反面教師 松本城

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もふもふ

《お城川柳》

コロナ禍で 扉を開け放ち 二条城

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ダイエティシャン

因幡3城スタンプラリー〜鳥取城の巻 (2021/06/14 訪問)

以前に攻城

県庁から山城が眺める事が出来るのは、新鮮でした。


また、お土産をいっぱい買いに行きます。


因幡3城スタンプラリーのダイジェスト版でした 

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もふもふ

《お城川柳》

佐倉城 密になってく 蝉時雨

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もふもふ

《お城川柳》

江戸湾の 風を感じて 千葉城址

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