はなざわじょう

花沢城

静岡県焼津市

別名 : 花澤城
旧国名 : 駿河

投稿する
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

武田今川の激戦地 (2020/07/23 訪問)

 焼津市北部の高草山から南東に派生した標高150メートルの丘陵に位置する城址で、武田今川の激戦地として知られています。案内板もあり、登城口もわかりやすかった。道も整備され主郭へ容易に行くことができます。夏でも草が刈ってあり、主要な所は難なく散策でします。畑の方へ降りていくと、突然「六の曲輪」の表示がありました。車で行かれる方は畑側の登り口にパーキングスペースがあります。ただ案内がないので知らないと登り口がわからないかもしれません。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

姫街道

武田対今川の激戦地 (2020/03/20 訪問)

駿河西の抑え、日本坂と小坂間の街道を抑える城だ。今川義元築城説があるが、義元築城ってあまり聞かないし、こんな大切な要所はもっと古くからあったのではないかと思う。
遠江に多い南朝方の城だと山岳寺院が必ずあり、もっと標高が高い。花沢城は麓から登山道まで今でも民家が点在しており、人目を避けて登城する事は出来なかっただろう。北朝方の拠点だったかも。。。
さて偉大な父、今川義元公亡き後の氏真公は、戦国最強の武田信玄の攻撃を受けて生きた心地がしなかっただろうが、この花沢城では14日間激戦に耐え凌いだというから今川武士も大したものだ。遺構はシンプルだがよく残っている。山全体が岩が多そうだから、切り立って攻めにくかったのだろう。またまた推測だがら駿河の城は遠江の城と比べて全体的に本曲輪と二の曲輪が広いように感じる。全体的に余裕があると言うかゾクゾクっとする怖い感じが少なく思う。今川時代に長く平和が続いたおかげだろう。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

チェブ

泥道にはまる。 (2020/01/03 訪問)

「花沢城」の入口近くです。
今川家の家臣、関口 氏録さんが初代城主です。
今川 義元さんが討死して今川家から離れて行く家臣が多い中、大原 資良さんは「花沢城」に残りました。
信玄さんの駿河侵攻、「花沢城」は激戦地です。
正月4日に武田 信廉さん、勝頼さん、長坂 長関さんにより攻撃開始、27日に落城しました。

まず車を停める場所がありません。
花沢城入口は見つけたのですが、写真④が入口だったら草木が茂っていて覚悟が必要です。
道が二股になっている場所があり、車を停められるか進んだら、ぬかるみにはまりスリップして怖い思いをしました。
と、言うことで退陣です。
山の中腹、ミカンの木が、たくさんありました。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

じゅんじん

パイプ鳥居 (2018/01/27 訪問)

整備されていました。ただ駐車場がありません。水道管の鳥居でした。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 明応・文亀年間
主な城主 小原鎮実(今川氏家臣)、武田氏
遺構 曲輪、土塁、堀切
再建造物 石碑
住所 静岡県焼津市高崎字城山